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超短編小説  作者: 春待
3/3

将来の夢

●九月十三日 木曜日

 夕食時、陽介くんが訪ねてきた。何の連絡もなく、突然だった。

 陽介くんは頭から血をだしていた。凪子さんがひっかいたらしい。

 夜間診療に連れて行った。敦司さんに言われて診断書を作成してもらった。

 痛々しい傷だった。陽介君が言うには、前触れもなく突然襲い掛かってきたらしい。実の息子にあんな傷をつけるなんて。もともとおかしい人だったけれど、ここまでとは思っていなかった。

●九月十四日 金曜日

 昨夜陽介くんが寝た後、健司さんから電話があった。陽介くんはうちにいることと、陽介くんから聞いたことを話した。

 敦司さんが代わって、陽介くんはうちで預かることを伝えた。凪子さんと話し合うように勧めていたが、反応は良くなかったらしい。夫婦仲が良くないのかもしれない。

 亜希も何かを感じたらしい。落ち着きがないので今日は学校を休ませた。

●九月十六日 日曜日

 昨日から凪子さんと連絡が取れない。

 実家にも帰っていないそうで、健司さんが捜索願を出した。

 荷物をまとめたわけでもないから、近くにいるだろうと思う。


 凪子さんの遺体が見つかった。北海道の川で溺死していたらしい。獣に食い荒らされ、目も当てられない姿だったそうだ。

 陽介は知らせを聞いてベッドにこもってしまった。健司叔父さんも、うちのソファーに座り込んだままだ。父さんも母さんもなんと声をかければよいのか分からないようで、葬式の準備や警察との連絡を手伝って紛らわしている。

 以前から、陽介は凪子さんについて愚痴を言っていた。凪子さんは変わった人で、寿司屋のコマーシャルにサーモンが映るとチャンネルを変えるとか、陽介が給食に出てきたシャケの話をすれば怒鳴り散らすとか、とにかく鮭が地雷だったらしい。それがとうとう笑い話にできないところまで来てしまったのだ。

 凪子さんが失踪した日、陽介は夕飯に出てきた鮭のムニエルを泣きながら頬張っていた。陽介はこれから、自由に食事をとることができるのだ。


 女は嘆いていた。寝ても覚めても人間の形をしている自分の体に苛立った。幼少期から抱えていたそれは、どろどろの血液になって女の全身を駆け巡っている。

 女が欲しかったのは柔らかい皮膚ではない。指のついた手足でもない。ましてや肺呼吸を望んだことなど、記憶の地層を掘り返したところで見つかりはしないのだ。

 女は鮭になりたかった。

 光を反射する鱗が欲しかった。あの力強いヒレが欲しかった。川の中を、流れに逆らってみたかった。

 女は水に足をつけた。上流からの水が足を押し流そうとぶつかってくる。

 コンクリートの海で育った鮭は、生まれ故郷へ帰ってきたのだ。

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