食事
蝉の声が心地よい。しかし、隣の椅子で金平糖をかじる少女は違う感想を抱いたらしい。
「蝉の声は不快だな。食事が不味くなる。」
顔をしかめる少女を横目に珈琲を口に含む。深い苦悩の味が広がった。それに満足して口を開く。
「偲は腑抜けたね。」
その途端、少女、偲の目つきが鋭くなった。睨んでいるつもりだろうが、全く怖くない。目を細めてカップを置いた。
「事実だろう。蝉の声が不快だ、なんて。平凡な人間がよく考えることだ。甘い物ばかり食べるからだね。」
偲は舌打ちをして、数日かけて空にした金平糖の瓶を机に置く。
「……飲ませろ。」
「おや珍しい。偲が私の意見を聞くなんて。珈琲でいいかな。」
立ち上がろうとした私の腕を偲が掴んだ。右手に小さな歯が突き立てられる。鈍い痛みの後に生気を吸い取られる感覚がした。
私は椅子に座り直すと、右手を偲に預けたまま珈琲を飲む。ガラス越しに見える人の群れに口の端が吊り上がった。それを見た偲が嫌そうに顔を歪め、私の右手から口を離す。形の良い歯形はすぐに消えた。
「もう終わり? 偲は胃袋が小さいね。」
ハンカチで右手を拭い、視線を人の群れに戻した。今日も皆、似たような服を着て似たような顔をしている。いい時代だ。
「相変わらず、反吐が出るほど健康的な味だな。いっそ哀れだ。」
口元を腕で拭った偲が嗤う。私に言わせれば、その哀れな奴がいなければ存在できない偲こそ哀れだ。しかしそれは偲も思っているだろうから黙っておく。何も言わない私に気を良くしたのか、また小さな口が動いた。
「可哀想だな。いくら真似事をしても人間には成れないというのに。その珈琲もどきは美味いか? 人間の男を真似て料理を振舞う様は実に滑稽だ。人間を食い物にするしか能が無い化け物の分際で。よく妾にそんな態度がとれるものだな。」
なるほど。出会って数年経つが、偲はまだ自分が何者なのか理解できないらしい。仕方がないので、偲に顔を向けて微笑んだ。
「それで、金平糖もどきは美味しかった?」
偲が目を見開いた。顔色は青を通り越して真っ白になり、薄く開いた口からは言葉にならない声が漏れている。震えながら頭を抱えた偲を横目に、欠伸を一つ。背もたれに体重をかけると、椅子が小さく悲鳴をあげた。
そのとき、一人の人間が扉を開ける。若々しい街にある、この古びた喫茶店を見つけるなんて運がない。追い詰められた顔をした女は店内を見回し、やがて私たちを見た。
「あの、ここって。」
私は笑顔を作り、立ち上がる。
「やあ、いらっしゃい。」
今日もいい日になりそうだ。