子育ては森の中⑥
ブクマが400超えていてびっくりしました。
ありがとうございます。
皆さん、こんちには。
ブラッシングしてたらグルーミングされ返され、疲れて寝落ちしたナナです。
目が覚めたら巣の中で、すっかり夜になってましたよ、っと。
本日は母さんじゃなく、兄弟達に囲まれて寝てたみたい。
これ、誰の足だ?
「おにゃかすいた………」
何か食べようとモゾモゾと毛皮の海から抜け出したら、ツンッと頭を突かれた。
「あ、かあしゃん」
ヒョイと首筋を咥えられて、巣の外に連れ出された。
「あ、おつゅきしゃま」
本日は満月だった様で、煌々と月明かりが夜を照らしてた。
この世界にも月はある。
すごく大きく明るく見えるのは、周りに余計な光が無いからか、実際に地球の月よりも大きいのかは分からないけど。
「かあしゃん、きれー」
月明かりに母さんの銀の毛並みがキラキラと輝く。
思わず漏れた称賛に、母さんが声もなく笑った。
再び咥えられヒョイと背中へと放り投げられる。
上手にベストポジションに落とされて、いつものように首のあたりの長い毛並みを握る。
と、母さんが音もなく走り出した。
馬位の大きさがあるのに、母さんはその気になれば足音一つ立てず移動することができるのだ。
ちなみに振動もほぼ無い。
走ってるというより、まるで空中を滑っているかのようなんだ。
ちなみに、兄弟達にはまだこの芸当は出来ない。
技術なのか魔法なのか?
そのまま、湖まで駆け抜けた母さんは、例の大木へと軽々と駆け上がった。
私がようやく登れるようになった中間地点も抜け、頂上付近にある横枝へと私を下ろす。
「わあ〜〜、しゅごい」
月明かりに照らされて、森がどこまでも続いていた。
ぐるりと見渡しても視界の限り木々が続いている。
時々この木のようにポコリと大きな木が飛び出しているのも見える。
なんなら、今居る木よりも大きそうな大木も見えた。
凄い。これより大きいなんて、側に行ったらどんな風なんだろう?
しかし、広い。
この森には果てがないようにすら思える。
そのあまりの迫力に何故か怖くなって、隣に座り同じように森を見渡していた母さんにギュっと抱きついた。
私が怖気づいた事に気づいたのか、母さんが宥めるように優しく鼻先を押し付けてくれる。
「じゅ〜〜っと、もり?」
尋ねれば、首がひとつ縦に振られた。
「森しかにゃいの?ずっと?」
もう一つ質問を重ねれば、琥珀の瞳がジッと私を見つめた。
そうして、暫しの沈黙の後ゆっくりと首が横に振られ、私は息を飲んだ。
森以外の世界がこの先にある。
どんな場所かはわからないし、今の私の視界では微かにすら見える事はないけど。
ブルリと震えた体は、未知への恐怖か興奮か………。
分からないまま、さらにギュッと母さんにしがみつきその暖かな毛並みに顔を埋めた。
「クゥ」
優しい声と共に髪をそっと舐められる。
「大丈夫」と言うように。
そう。大丈夫。
まだ、大丈夫。
だって私はまだ小さくて、この湖までしか来ることを許されてないから。
1年で、ここまで。
なら、果ての見えないこの森を越えるのにはどれくらいの年月が必要なのか。
そろりと温かな毛皮から顔を上げて、もう一度地平線へと目を向ける。
遠く遠く、どこまでも続く木々の果て。
「くうぅ」
まだまだ早いよ、とでも言うように母さんが優しく私の頭を小突いた。
整えた箱庭の中。
傷つかないように、真綿に包むように大切に次代を育むのが一族の習性だった。
繁殖の時が来たことを知り、何度目かの育児の為に巣を整えた。
いつもなら既に子供達だけ残して、母親は立ち去る時期だった。
けれど、実の子らはともかく育児途中で拾った子供は、まだまだ弱くて目を離すには不安が残る。
こんなに小さくもろい存在では、例え一族の縄張りの中と言えどもあっという間に淘汰されてしまうだろう。
兄弟達も守ろうとはするだろうが、まだまだ未熟なその手では苦労することだろう。
幾つもの言い訳を重ねて、彼女は「後もう少しだけ」と時を過ごした。
せめてその身を守る術を身につけられるようにと、魔素の高い食事を与え、魔力を高めて使うことを教えた。
不器用なりに素養はあったようで、少しずつ火と風の力を使えるようになった時にはホッとしたものだ。
これで生き延びられる可能性が出来た、と。
気まぐれで拾った命は、育むうちに我が子と変わらないほどの強い情をかき立てる存在へと、いつの間にか変化していた。
ならば、この出会いは必然だったのだろうと、彼女はその命を受け入れたのだ。
受け入れたからには、最低限の生き延びられる力を与えるのが親の役目である。
「もう少し、せめて縄張りの中くらいは自由に動けるようになるまでは鍛えなくては」
その先の森へ挑むかは自分次第だ。
さらに先の世界へと足を踏み入れるかも……。
昼間に何か考え込んでいたと『アサギ』から報告を受け、丁度いいかと夜中に目を覚ましたナナに縄張りを見せてやった。
月明かりに照らされた青白く強張った顔を思い出し、そっと吐息をつく。
出来ることなら、この森の中で静かに穏やかに過ごす方が、この小さく弱い存在には見合っていると思う。
けれど、それは過保護な親の願いでしかない事も、彼女はわかっていた。
どんな風に育てても、結局子供は思うままに生きていくものだ。
例えその先に破滅が見えていても、止まらないし、止められない。
それは、ある意味一族の性のようなもので、自分だってそうして生きてきた。
でも、と彼女は思う。
どんな子供でも幸せになってほしい、と。
そう願うのも親の性なのだ。
今は自分の腕の中。
毛皮に埋もれるように穏やかに眠る小さな体を、彼女はそっと舐めてやるのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
なんとなくで拾った母親もしっかり溺愛しております。
できない子ほど可愛い、というのと、ナナがちゃんと努力しているから、というのが大きいのかと。
そして設定蛇足。
現在住んでいる森の3分の一が一族の縄張りで、菜々が「ナワバリ」と思っている範囲は母親が整えた子育ての為の場所で森の中心部に位置します。
森の総面積は北海道くらいと考えてください。