子育ては森の中④〜兄弟視点
「怒られてやんの」
「だめじゃん、約束破ったら」
シオンとアカネに突っ込まれて、アサギは肩を落とした。
「森の爺さんの課題が終わんなかったんだよ。あんな時間かかるって分かってたら、約束の日にちズラしたのにさ」
不貞腐れるアサギに2匹はクスクスと笑った。
「アサギ、魔力操作苦手だもんね」
「手こずると思ってた」
「ひでぇ、知ってたなら教えろよな」
2匹に嵌められたと気づいたアサギが飛びかかってくるのを笑いながら避ける。
『……うぅ〜〜ん』
そうしてひとしきり取っ組み合っていたら、少し離れたところで眠っていたナナが煩かったのかコロン、と寝返った。
途端にピタリと3人とも動きを止める。
母親の咎めるような視線に肩を竦め、3人はソウっと菜々を覗き込んだ。母親の腹の柔らかい毛に埋もれるように小さく丸まって眠る姿にほっとする。
ある日突然母親が連れて帰ってきたナナは、今よりもっと小さくて脆かった。
細い手足にツルツルの肌は少し奇妙な感じだったけど、真っ黒な大きな瞳でじっと見つめられると心がムズムズして不思議な気持ちになった。
初めて感じる感情に戸惑いながら、最初は母親が世話を焼くのを遠巻きに眺めていた。
小さすぎて少しの力ですぐに転んでしまうしツルツルの肌は柔らかくちょっとした事で傷がつく。
力加減が難しく、壊してしまいそうで怖かったのだ。
でも、トロくて、満足に歩く事もできないくらい弱々しいのに、根性はあって何回でも挑戦する姿に目が離せなかった。
そうして、慣れて仕舞えば自分たちと違う姿も、おずおずと触れて好意を伝えようとする姿も可愛いとしか思えなくなっていた。
というか、何をしても可愛い。
寝てるだけでも、ご飯を食べても、転んでベソをかいてても、構いすぎて鬱陶しいと怒っている姿すら可愛い。
要するに、初めて触れた自分より小さく弱い存在に庇護欲を掻き立てられ、3匹ともメロメロになっていたのだ。
危なっかしいから、もっと大きくなるまで本当は巣に閉じ込めていたかったのに、母さんが「それはダメ」と許してくれなかった。
「ナナは私達とは違う生き物だから弱く見えるけれど、成長する機会を奪ってはいけない。ナナを護られるだけの子にしてはダメ」
そう言って、母親はナナのやろうとする事を止めず見守る様にしたし、3匹にも構いすぎない様に厳命を下した。
不満を示す3匹に母親は「それなら、あなた達も過不足なく守れる様、強くなりなさい」と課題を与え鍛えてくれた。
遊びを取り入れた「戦いごっこ」は単純に面白かったし、尊敬した様に向けられるナナの視線が3匹は誇らしかった。
そうして、ナナの近くでできる危険が少ない課題が終了すれば、3匹は森の長老のドライアドにさらに鍛えてもらう事になった。
尤も、危ないからそこにナナは連れていけない。
かといってあまり長時間ナナを1人にすると「仲間外れ」にションボリしてしまった。
だから3匹は交代で課題を受けに行く事に決めた。
全てはナナを危険から守る為に。強くなる為に。
だけどそれは何故かナナには秘密にしなくてはいけないと厳命されていた。その為、偶に今回みたいな事が起こるのだ。
アサギは、別に遊んでいたわけでも約束を忘れていたわけでもなかったのだ。
ただ、言い渡された課題が最近はすぐにクリアできていた為、午前中にさっさと終わらせるつもりだったのだ。
ちなみにドアラアドの爺様は基本スパルタで、課題をクリアできなければ日が暮れるまで解放してもらえない。
すやすやと眠るナナを見てたら、『ブラッシング』禁止令まで思い出してアサギの尻尾と耳がヘニョリと下がる。
自分たちの手では上手く掻けない場所まで丁寧に毛繕いしてくれるナナの『ブラッシング』は特別なのだ。小さな体で一生懸命全身にブラシをかけてくれる姿は、毛だけでなく心の中まで解きほぐしてくれる至福の時間だ。その間だけはナナの意識を独り占めできるのもいい。
それなのに、その至福の時間を自ら手放してしまった。
体の小さなナナには重労働みたいだから、毎日してもらうわけにもいかないから久しぶりだったというのに。
「最近、攻撃魔法系の課題ばっかりでアサギが調子に乗ってたから、ちょっとした悪戯のつもりだったんだよ」
「ごめんね?明日、ちゃんとナナにフォローするから」
本気でショボくれるアサギに流石に悪い事をしたと思った2人が耳元や首筋を舐めて謝ってくる。
「ん。オレも態度悪かったと思うし、いいよ」
ここ最近の自分を振り返れば、ささやかな悪戯を仕掛けたくなる2匹の気持ちもわからないでは無い。
ただ、2匹が思っていた以上にナナが怒ってしまいアサギがダメージを受けただけだ。
肩を落とすアサギの様子に、シオンとアカネはやり過ぎたと慌てて慰める。
3匹を眺めて、母親は面白そうに目をすがめた。
3匹の中で魔力が1番多く大魔法が得意なアサギに、女の子らしく細かい魔力操作が得意なアカネ。
真ん中っこなシオンは特出するものはないけれどなんでもそれなりに熟す。
性格の違う3匹は守るべき存在を中心によく纏まっていた。
たまたま落ちてきたのを見つけて、気まぐれに拾ってきた子供は、良い連鎖を引き起こしてくれた。
力を持つがゆえにいがみ合い、争う事も珍しくない一族の兄弟達が、こんなふうに仲良く育つ事は珍しい。
特にこの3人は大きな力の差も無いため、下手すれば淘汰するのでは無いかと懸念していたのだが。
自分の腹にもたれてすやすやと眠る幼児を、そっと舐めてやれば、嬉しそうにヘニョリと笑った。
「「「かわいい」」」
その様子に3匹も同じ様にヘニョリと笑う。
そうして、母親を真似てそっとナナを舐める。
が、勢いが強すぎた上に3匹同時に舐めようとするものだから鬱陶しかった様で、イヤイヤと母の腹の下に潜ってしまった。
隠れてしまったナナにショックを受ける3匹。
その様子に、母親は耐えきれずにクックっとわらった。なんて平和な光景だろう。
そうして、慰める様にそれぞれの頬をひと舐めしてやる。
「お前達ももう眠りなさい。ナナの事はまた明日」
優しく促され、3匹もそれぞれ寄り添って瞳を閉じる。
そしてすぐに、穏やかな静寂がその場を支配した。
読んでいただきありがとうございます。
三兄弟は同時に生まれた三つ子なので、自分より小さい存在にメロメロです^_^
当然ながら同族同士は会話可能。そして、聞くだけならナナの言葉も理解しているご都合設定www