子育ては森の中13
『我望む。其方と共に日々幾月幾年重ねる事を』
不意に聞こえた、少し高めの柔らかな男性の声。
コテンと首を傾げた私の頬を、アサギがペロリと舐めた。
コッチだよ、と言うように。
「アシャギ?」
『ナナ、頷いて。ずっと側に居るだろ?』
じっと目を見つめれば、再び響く柔らかな声。
え?やっぱり、これってアサギの声なの?
アサギ喋れたの?いや、口動いてないからテレパシーみたいな感じ?
じゃ、なくて、ずっと側に?
いや、それは居たいけど、何?突然?
意味わかんなくて、じっとアサギを見つめるけれど、綺麗な浅葱色の瞳がこっちを見つめ返すだけで、もう声は聞こえない。
『我望む。其方と共に日々幾月幾年重ねる事を』
思い出す。
最初に聞こえた言葉は、なんだか難しくて、何かの文言みたい。
そう考えた時、、不意に女王様に教えてもらった聖獣の事をおもいだした。
コレって……。
もしかして…………。
年月を重ねる?って、ずっと一緒にいるって事、だよね?
もし、それを本当に望んで良いのなら。
アサギが望んでくれるのならば……。
この世界に来てから、過ごした幸せな日々が脳裏をよぎる。
とても幸せな、満ち足りた日々。
本当は、もっとちゃんと確認しなくちゃいけないって、私の中の大人な部分が囁いてた。
契約書は、隅々までしっかりと読む事、って先生に教わってたし。
だけど、心の奥深いところが叫んでた。
頷け、と。
この幸せを手放したくないなら………。
「………アシャギ、ずっと……いっちょ……?」
それでも臆病で卑怯な私は、震える声で確認をしてしまう。
それで間違ってないのか?と。
アサギは、その時、確かににっこりと笑って、そして、頷いた。
『一緒だ』
だから。
私は…………。
「いる!いっちょ!アシャギのしょばに!!」
ギュッとその首に力の限り抱きついて、叫んだ。
その瞬間。
《《《ココニ契約ハナッタ》》》
どこからともなく響く……空間を埋め尽くすような不思議な声がウヮンと大気を揺らし、私とアサギを包み込むように痛烈な光が爆発した。
それは音も衝撃もなく。
ただ、圧倒的な多幸感と共に自己の全てが包み込まれ、溶かされて、再構築されていくかのような、不思議な感覚だった。
そして、再構築されていく過程の中でアサギとの間に
何かが繋がれた事をハッキリと感じた。
ううん。繋がれた、じゃないな。
溶け合って、一つになったんだ。
それは、一瞬のような、永遠のような、不思議な時間だった。
溶けて混ざって再び『私』に戻った時、そっと目を開ければ、そこには変わらず浅葱色の綺麗な瞳があった。
トクン、と。
鼓動が動き出したのを感じた瞬間。
《うれしいうれしいうれしい。コレでナナといっしょ。ずっとずっといっしょ》
飛び跳ねたくなるような喜びの感情と弾むような声が伝わってきて、目を瞬く。
コレは、アサギのココロ?
一拍遅れて、私の中にも嬉しさが込み上げてくる。
アサギとずっと一緒。
もう、独りじゃない。一緒なら寂しくない。
心のどこかに空いていた穴に、温かい何かがギュッと詰め込まれた気がした。
ああ、なんてしあわせ。
幸せな気持ちのまま笑えば、はしゃいだようにアサギが飛びついてきて押し倒され、ベロベロと舐めまわされた。
それに対抗するように、精一杯に両手を伸ばしてあさぎの顔をもみくちゃにする。
込み上げてくる喜びのままに笑い声をあげ、転げ回った。
それは、呆れたような顔でシオンが間に入ってくるまで続いたのだった。
『あのね、ナナ。いくら信頼してる相手だからって持ちかけられた話に軽々しく頷いちゃダメだろ?アサギが提示したのって、ただ一緒にいる、っそれだけだよね?』
ただ今、私とアサギ、2人してシオンの前に並べられお説教されております。
『アサギも!契約持ちかけるにしてもやり方があるだろ?細かい説明一切なしで、話進めるってなんなの?そんな軽々しいモノじゃないって、言ったよな?!』
アサギも怒られてチョットしょんぼりしてるんだけど。
なんと!
あの不思議体験の後、シオンやアカネの言葉も分かるようになったんだよ!
スゴイ!!
『ナナ!ちゃんと話聞いて!』
意識がシオンから逸れた瞬間、叱責が飛んできた。
なぜバレたし……。
『まぁ、そろそろ落ち着いて?シオン。ナナが涙目だから』
澄んだ高い声はアカネのもので、庇うように私とシオンの間に入ってくれた。
『だいたい、ナナがウッカリさんなのは今に始まった事じゃないし。アサギが考えなしの猪突猛進なのも分かってた事なんだから』
………アカネさん?それ、庇ってない。むしろディスってますよね?完全に落としてますよね?
マジで泣くよ?泣いちゃうよ?
『………まぁ、この結果はなんとなく見えてたのに突撃したアサギを止めれなかった僕達も確かに悪いか……」
そしてアカネの言葉で納得して肩を落としちゃったシオン君?
説教されるよりよっぽど辛いんですが?
あれ〜〜?おかしいな……?
『ナナ、分かってないだろうけど今考えてることも、なんとなくだけど伝わってるんだからね?』
内心首を傾げてたら、シオンが呆れたような顔でこぼした。
「え?ちゅたわる?」
首を傾げると、シオンがいい顔で笑った。
『契約した事で受けれる恩恵の一つだよ。感情が伝わるんだ』
「はえ?」
………感情?考えた事とか感じた事がわかっちゃうって事?
それって、なんて羞恥プレイ?!
『僕達はまだ眷属だから漠然としか分からないけど、アサギには多分筒抜けだからね?』
「にゃぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
更なる追い討ちに叫んだ私は多分悪くない。
だって、考えたモノ全てが筒抜けって………筒抜けって!!
『いや、そんな全部わかるわけじゃないから。だいたい、同じくらい俺の感情も伝わってるはずなんだから、わかるだろ?!』
ガックリと落ち込む私に、慌てたようにアサギが声をかけてくるけど。
そう言う問題でも………あれ?あるのかな?
『とりあえず、落ち着こう?シオン、チョットイジワル言ってるだけだから。ナナ、そもそも伝わって困るような事、何かある?』
少しあきれたアカネの声にふと我に帰る。
伝わって……困るモノ?、
「あ、にゃいかも……?」
ヤァ、だって、こっちきて色々な関係とか感情とかだいぶリセットされたし。
考えてる事なんて、眠たいとか、これ美味しい、とか………あれ?、これ、別の意味で大丈夫か?、私?
『ま、我に帰ったところで、色々整理しようか。契約、しちゃった以上早々解消もできないだろうけど、内容の確認は大事だよね』
こちらもどこか呆れたようなアサギに、なんだか釈然としないものを感じながらも頷くしかない私なのでしたとさ。まる。
読んでくださり、ありがとうございました。
なんだか少しナナちゃんの暗黒面がチラリと見えたような……。
あれ?病んでる?って思ったのは私だけでしょうか………?
まぁ、契約は成りました。




