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ファーストコンタクト

中は案の定かなりほこりが舞っていてすぐに口元を手で覆った。

扉が開いて風が入ってきたせいだろう。

かといって閉めてしまえば完全に真っ暗で、伸ばした手の指先が見えなくなるレベルだ。


入り口から差し込んだ光の先にうっすらと上に上がる階段があるのを見つけた。


今は入り口と同じ階層だから入ってくる光でなんとなく周りが見えるが、上は真っ暗なはず。

そして俺はここで目を慣らしておこうと考えた。


暗闇の中に立ち続けた結果、少しずつ目が慣れてきて周りが見えるようになり、辺りを見渡してみる。


床の至るところに本が雑に積まれていた。

それだけではなく、積みあげられた本の合間を縫って床を埋め尽くすように本が散乱していた。

長い間放置されていたのだろう。


散らばる本の間をなんとか移動し、壁際まで来たときに、ふと腰辺りまで積まれていた本の一番上の一冊を手に取り、入り口前の光が届くところまで持ってきて開いた。


「……やっぱ読めねぇよな」


予想通り本に書いてある文字は何一つ理解できなかった。

字体だけでいえば日本語に似たような感じだが、似て非なるものだった。


この本はどのページも左にイラストが描かれていて、ふと手を止めて見たページには人のようなものが手と思わしき部分から炎を出しているような絵が描かれていた。

右にはイラストの説明のように文字の羅列が書き記されているが、その真意はわからない。


しかしどのイラストにも必ず人のようなものが描かれていて、さらにその全てが水や風っぽいものなどを扱っているように見えるものばかりだ。


「も、もしかして……魔法、とか…?」


28歳になっても、捨て去ることのできない少年の俺の心が呼び覚まされて、その可能性に思わずテンションが上がってしまった。


だが魔法はある、と言われても別におかしな話ではない。

実際、理解しがたいことがリアルタイムで起きていて、確定とは言い切れないが、異世界にやってきたんだ。

地球なら魔法なんてあり得ない話だが異世界ならば話は違う。


「俺にも使えたりするんかなー、なんつって」


その他にも落ちていた本をいくつか拾って見てみたが、散乱しているものも、積み上げられているものも特に統一されて置かれているわけではなさそうで、雑に置かれていることに間違いなかった。


一応散乱している本達を階段への道作りも兼ねて適当に積みあげ、持ってきた本は元々あった場所まで戻しに行ってすぐに階段へと向かった。

しばらくここにいたおかげで、ほぼ完全に目は慣れていて、階段までは難なくたどり着くことができた。


俺は無意識に早歩きになっていた。

目が慣れるのと共にどんどん目がかゆくなってきて、早くこの場から立ち去りたかったからだ。


目がかゆいのもあって階段を上がる度にギシギシと音が鳴っていることなど気にせず、足早に次の階まで上がった。


二階はやはり下よりも暗く、目が慣れているといっても全体を見渡すことはできなかったが、明らかに下とは雰囲気が違っていた。


ここに上がってくる少し前までずっと感じていたほこりっぽさが突然感じられなくなり、ホコリアレルギー持ちの俺がほとんど気にならないほど清潔に保たれているようだった。


本も、乱雑に置かれていた一階とはうってかわって、きれいに並べられた本棚に隙間なく本が並べられていた。


少し不気味に思いつつ、近くにあった本棚に並ぶ本を適当に一冊取って中を確認すると、明らかに下に置いてあった本達とは異なり、最近置かれたようなものばかりだった。

その他にもいくつか確認したが、少なくともこの付近にある本棚の本のほとんどは最近置かれたばかりの新しい本のようだ。

相変わらず内容はさっぱりだが、表紙や紙の痛み具合から見てそれは間違いなかった。


「ここに誰か来ているのか?というかこの世界にも人はいるんだな」


少しほっとした。

この塔は獣が造れるようなものではないと思って、少なくともかなり昔に人間がいたとは考えていたが、かなり古いものだし、もしかしたら絶滅しているんじゃないかと考えていたからかなり安心した。


「でもわざわざこのぼろい塔に本を持ってくる理由はなんだ…?」


バサッ


そんなことを考えているときに上の階から本を落とすような物音がして、体がびくっと反応する。


「な、なんだ?」

「動物………いや、人か?」


だが、ちょうど人がいるだなんてそんな偶然あるのか?

そうだ、冷静になって考えれば獣の可能性の方が全然高い。


少しまずいか?野生の獣くらいならすでに俺には気づいているだろうし、この世界に来てまだ少ししか経っていない俺にとって得体の知れない何かにむやみに近づくのはどうなのか…


だが、俺は沸き上がる好奇心を抑えられなかった。

不思議と死ぬことに対する恐怖が小さかったからだ。

恐らく、一度〈死〉という経験を積んだからだろう。


とりあえず三階に上がる階段を見つけてゆっくり上り始める。

さっきはまったく気にならなかった階段がギシッと軋む音がとても大きな音に聞こえ、塔の中に響き渡っていた。



三階の床が見えて少し緊張が走った。

死の恐怖はほとんどないにしても、元から驚かされるのは得意ではなく、かなり警戒しながらゆっくり確実に一段ずつ上がっていき、やっと三階にたどり着いた。


二階と同じくホコリはあまり感じられないが、本棚が二階よりばらばらに配置されていてかなり入り組んでいた。

潜伏する方からすれば、まさに奇襲するのに最適な状態だろう。


警戒を解くことなく、一歩ずつゆっくり進んでいく。

いつ襲われるかも分からないこの状況に、最近高校時代の友達にやらされたゾンビのゲームを思い出して背筋がゾッとする。

たまに鳴る床が軋む音も俺の恐怖心を煽っていた。


だが、ゲームとは違って俺は丸腰だ。

人を食うような獣から言わせてみれば、俺はそいつに食ってくれと言っているようなものだ。


それに、奇襲じゃなくとも襲われれば普通にゲームオーバーだろう。


びっくり系をかなり警戒してそーっと進んでいるせいでもあるが、適当に置かれている上に二階より圧倒的に本棚が多く、迷路のようになっているせいで道のりをとてつもなく長く感じた。


三階に来て十分……いや、実際は五分くらい経った辺りだろうか。

ある本棚の角を曲がったところで床に一冊の本が落ちているのを見つけた。

恐らくさっき聞こえた音はこれが本棚から落ちた音だろう。だが肝心のこの本を落とした犯人が見つかっておらず、気を抜くわけにはいかない。


しかし、ずっと辺りを警戒しているせいか、普通に歩いているだけで疲れてきて、何も起こらないことに呆れたからか、気づけばだんだん早く終わってほしいという気持ちの方が強くなっていて、途中からは普通に歩いていた。


結局そのまま何も見つけることなく迷路を抜け、次の階層に上がる階段の前に着いてしまった。


「なんだよ、小動物かなんかだったのかな?窓あるし、大きな動物は入ってこれそうにないしな」


完全に緊張が解けて近くの本棚にもたれかかって座ろうとして本棚の方に歩きだしたその時、何故だか背中側からホラーでゾッとする感じではない何かの嫌な気配を感じ、ばっと勢いよく振り返った。


声にはでなかったが、「人だ!」と思った。

暗くて顔はよく見えないが確実にそれは人だった。

だがその出会いが俺に感動を与えることはなかった。


そのシルエットを見る限り、そいつは俺に向かって今にも手に持っている棒のようなものを振り下ろさんとしていたからだ。


「うおぁっ!!」


完全に油断していたが、自分でも驚くほどの驚異的な反射神経で間一髪その攻撃を避けた。

しかし、一気に動いたせいで勢い余って正面から本棚に激突し、バランスを崩して尻餅をついた。

さらに追い討ちをかけるように本棚から本が降ってきた。


本を払ってすぐにそいつを確認すると、すでに棒を振り上げていて、再びこちらに向かって振り下ろそうとしていた。


俺は咄嗟に今降ってきた辞書クラスの本をそいつめがけてぶん投げた。


手で防がれて頭への直撃は避けられたが、さすが辞書クラス。想像以上に重たい一撃だったようで、二、三歩後退りした。


俺はその間にすぐに立ち上がり、説得を試みた。


「ちょっと落ち着いてくれ!俺に敵意はない!」


しかし俺の言葉なんておかまいなしに体勢を整えてまた殴りかかってきた。


今度は攻撃に備える余裕があったため、易々と避けることができた。

見る限りだとかなり相当非力なようで、戦いに慣れている様子は見受けられない。


だが、このまま一方的にやられ続けるだけじゃ埒が明かないと思い、次に棒を振り上げたタイミングでかなり強めに突き飛ばして倒れたところを捕まえようと考えた。


「ひゃっ」


作戦通りに棒を振り上げた瞬間に後ろに押し飛ばしてみると、後ろに何歩も下がって頑張って耐えていたが、最後は振り上げた棒の重さに耐えられなかったようで結構な勢いで後ろに倒れた。


俺はすぐさま倒れたそいつに覆い被さって両手首を頭の上で押さえつけた。


「くっ…!離せ!!」


「ちょっと、暴れんな!」


力はそこまで強くないがかなり暴れてくるから胴体を押して地面に押しつけようとした。


ムニュ


「ひゃっ…!」


「ん?これは…」


胴体を押したはずの俺の右手が何かを掴んだ。

なんだこれは、ぷにぷにしていて初めて触る感触だった。


「き、貴様っ、どこ触って……んっ、くぅ…」


はっとした。


なぜもっと早く気がつかなかったのか、声でなんとなくわかるだろ!


だがそれも無理はなかったのかもしれない。


俺が、彼女いない歴=年齢かつ、生粋の童貞だったからだ。


「うわぁぁぁぁーーー!!!」


驚きのあまり、何もされていないが自分から後方に吹き飛んで本棚に後頭部を打った。


「お、お前もっ〈禁書〉を狙ってきたんだろ!」


俺が押し倒した女の子は、言葉はかなり強気だが、その声は今にも泣きそうな震えた声になっていた。


「あーっ!違う違う!!お願い泣かないで!何もするつもりはないから!!」


「嘘をつくな!!そんな魔力を出しながらこんなところまで来るなんて!私をつけてきたのか!!」

「そ、それにっ、あんなことまで……!」


「本当に違うんだって!俺はさっきこの世界に来たばっかりで何も知らないんだ!!禁書とか、魔力とか………」


そのとき、一瞬思考が止まった。ん?と思った。

直前の女の子の言葉が時間差で俺に衝撃を与えていた。


「ちょ、ちょっと待って、もっかい言ってくれない?」


「はぁ!?何言ってんの?私があんたに質問してんのよ!」


「……また押さえつけるぞ」


「うっ……」


最低だ。女の子を暴力で脅すなんて。

だがそんなことは百も承知。それでも俺はさっきの女の子の言葉をもう一度確認したかった。


「わ、私にも…あんな、ことを……」


「その前!」


「うぅ…」


また泣きそうになった声を聞いて、罪悪感から心臓がぎゅっと締め上げられるような感覚に襲われた。

早く答えてくれ。このままじゃ俺のハートが…


「う、嘘をつくな…そんな魔力を出しながら、こんなとこーー」


「それだぁ!!」


罪悪感に押し潰されそうになっていたが、もう一度女の子の言葉を確認してそんな気持ちは吹き飛んだ。

一方、女の子の方はどういうことかさっぱりわかっていない様子だった。


「おっ、俺にも魔力、あるのか!?」

「ていうか魔力ってなんだ!」


急な質問攻めに少し戸惑っていたが、しばらくして少女はすっと立ち上がり、こちらに歩いてきてじっと俺の目を見つめてきた。

ちょっと恥ずかしい気持ちになって目をそらす。


「………ほんとに、何も知らないんだ」


目を見ただけでわかるのか?まさか、これも魔法?


「ふん、まぁいいわ。あんた、頭は悪そうだけど悪人じゃなさそうだし、教えてあげる」


突然ばかにされてイラッときたが、やっと信じてもらえたようだった。


「そんな簡単に信じるのか?」


「心を覗かせてもらったから、あなたが悪人でないことは確認できてる」


やはり魔法なのだろう。結構便利なものだな。今の魔法を使えば詐欺にだってかからないしな。


「何してんの、早くついて来て」


いろいろ考えている俺を置いてどんどん先に進んでいた女の子の声を聞いてすぐに追いかけて俺も階段を上がっていった。

誤字、脱字や、間違った表現などあればご指摘いただけると幸いです!

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