新たな門出
「ここは、一体どこなんだ」
とりあえず落ち着け俺。まずは冷静に状況の確認を。
ついさっきまで俺は駅のホームにいた。
そのあと漫画のような美しい流れに流されるまま線路に放り出されて電車からの強烈な一撃を全身で受け止めたわけで、今頃俺の体はスクランブルエッグのようになっているはずだ。
「とりあえず、日本……ていうか地球、なのか?」
まずはそこからだった。
地球ではないのかもしれない、そう考えた理由はいくつかあった。
まず、目を覚ますと見知らぬ森の中でおやすみ中だったということだ。
ちなみに俺の街にこんな広大な森はない。
可能性としては俺が意識を失っている間に移動させられたか、と考えたときにふと思った。
そもそも、あの絶望的な状況で生き延びることは普通に考えて無理だ。
それならやはりここは死後の世界とかで、地球じゃないと考えるのが普通か…
そしてもう一つの理由。
それは、現在進行形で今まで見たことがない、謎の生命体と目が合っていることだ。
さっきからしばらく見つめ合っているが、向こうは微動だにせず、ただこちらを見ているだけで生きているのか死んでいるのかも分からなかったが、ちゃんと呼吸はしているようで鼻息が聞こえる。
体格はカンガルーに似ているが、体毛や顔つきはウサギに似ていて、俺の家族であるウサギのピコちゃんに似た真っ白でモフモフした毛を全身に纏っている。
ただ、とにかくでかい。
しかし俺はこの未知の生き物に対しても触りたい、撫でたいという衝動を抑えられなかった。
長い沈黙を破ってその見た目はかわいらしい生き物に向かって恐る恐る一歩踏み出した。
しかし、そいつは微塵も動かない。
若干緊張はするものの、そのままゆっくりと少しずつ近づいていって、ついに俺の手の届く範囲までやって来た。
近くで見るとやはりでかい。耳も含めたら3メートル以上はあるんじゃなかろうか。
ここまで近づいても目で俺のことを追うだけで、それ以外は大きく動くことはなく、最初は俺を狩るために待っているのでは?とも考えて警戒していた。
しかし、ずっと目を合わせていてなんとなくわかったが、少なくとも俺を襲う気はなさそうだ。
そして俺は目を合わせたままゆっくりと手を伸ばし、お腹辺りに優しく触れた。
「うわぁ、フワフワだぁ」
お腹に触れるとピコちゃんのことを思い出して思わずお腹の方に目を落とし、さらに触ったときの感想が口から漏れた。
俺ははっとしてすぐに顔を上げた。
熊とかの危険な野生の動物と遭遇してしまったときは相手から絶対に目を逸らしてはいけないと相場が決まっているからだ。
しかし、俺を見つめるその目は先ほどと同じ様子で俺の家族なのでは?と疑うほど優しい目をしていた。
その後もしばらく触っていたが嫌がる素振りも見せず、ただ俺のことを見つめていた。
安心したのか緊張が緩み、その勢いで辺りを見渡してみたが、やはり周囲には見たことのないものに溢れていた。
地面からはうねうね動いている謎の植物が生えていたり、そこら中に生えている木は普通かと思っていたが、上を見ると見たことない青色のとげとげしい実が成っていた。
さらに…
「うわっ」
俺は小さく悲鳴をあげた。
近くにあった木にアマゾンなんかにはいるんじゃないかと思えるようなとてもカラフルで気持ちの悪い虫が止まっていた。
俺は田舎育ちだが、大の虫嫌いだった。
虫を見たとき、ふと冷静になって考えた。
俺は今、森の中にいる。
つまり、虫の巣の中にいるってことじゃないか!
〈森〉には様々な種類の虫が蔓延っているという、森=虫の巣窟という概念が俺の中で確率されていたのだ。
野生の動物に会えるのは良かったが、それでも田舎が好きじゃなかった一番の原因は虫が多いということだった。
このときの俺はこのままこのウサギもどきを触っていたいという感情より、早く森から出たいという感情の方が大きくなり、ウサギに別れを告げてさっさと走り出した。
走り始めて少し冷静に考え、後ろからやられるかもしれないと思って後ろを確認してみたが、あいつはおとなしく同じ場所に居座って俺を見送っていた。
また、会えるといいな。
ちょっと走るとすぐ近くにひらけている場所を見つけて逃げるように駆け込んだ。
驚くことに、この木のない区域の中央にとてつもない高さの塔が立っていた。
高さは大体スカイツリーと同じくらいだと思う。一度しか見たことはないが。
近づいてみるとかなり古いものだとわかった。
レンガっぽいものを積み上げて造られているようだが、その隙間に蔦が溝を埋めるようにして絡み付いていて、レンガ自体も角が丸まってぼろぼろだった。
とりあえず周りを一周してみた。
意外と太くはあったが、高さに比べればかなり細い造りになっている。
中が気になった俺は、初めて見つけたところから見て裏側にあった大きな扉の前に立った。
木で造られた両開きの扉で、一番高いところで俺が真上に手を伸ばしたくらいの高さがあった。
ちなみに俺の身長は最後に測ったときで175cmだ。
森の中の屋敷とかにありそうな感じで、細い金属が丸まっている感じのよくありそうな装飾が施されていて、左右には外国でよく見るリング状の取っ手がついていた。
見た感じかなり重そうではあるが、とりあえず開けてみようとリングに手をかけたとき、中からガタンと物音がした。
しかし、見た感じは人が住んでいる雰囲気は出ていない。
少し不気味に思って、離れて塔を見上げる。
よく見ると細い縦の隙間がいくつもあった。
恐らくはそこから生き物が入ってしまったのだろう。
気を取り直してもう一度リングに手をかけて、思いっきり扉を手前に引いてみた。しかし、扉はびくともしなかった。それどころか、かなり古いものに見えるその扉からは軋む音の一つも出なかった。
「……筋トレしてたんだけどなぁ」
趣味で筋トレやってた俺の力がまったく通じなかったことにちょっと落ち込んだ。
それでも諦めきれず何度かチャレンジしてみたが、まったく開く気がしない。
そこで少し考え、この取っ手はフェイクかもしれないという考えに行き着いた。
とにかく自分の力不足だということを認めたくなかった結果だ。
そして早速、全力で扉を押してみた。
「………」
面白いほど動かない。まるででかい岩を相手にしているような感じだ。その後も悔しくて押したり、引いたり、横に引っ張ったりしてみたけど、どれもだめだった。
俺はかなり気を落としていた。俺の自慢の筋肉が通用しなかったということだけではなく、また虫の巣窟に入っていかなければいけないということを考えたからだ。
「っはぁ〜〜」
俺は大きくため息をついてうなだれて、そのまま背中から扉にもたれかかって座り込んだ。
「うわっ、冷たっ」
地面に手をついたとき扉の方から冷たい空気が流れ出ているのに気がつき、よーく下を見てみた。
「浮いてる?」
扉の下を確認してみると、扉が少し浮いていることに気がついた。
気になってその隙間に手を突っ込んで扉を触ってみて重大なことに気がついた。
「この扉、分かれてない!」
外から扉を見てずっと両開きだと思っていたその扉は両開きなんかではなく、一枚の板でできていた。
なるほど、どうりでこの俺の力で押しても引いてもびくともしないわけだ。
この事実に気がついて少しほっとした。
であれば、開ける方法は一つしか考えられない。
「一気に、持ち上げる!」
扉の下の隙間に指を差し込んで思いっきり持ち上げた。
「おらぁぁ!!」
すると、俺の雄叫びに反応したかのように先ほどまでまったく動く気がしなかった扉がギギギッと音をたてながらどんどん開いていき、俺の胸辺りまで開いた。
「勝った…」
俺は小さくガッツポーズした。趣味で筋トレしていたかいがあった。
少しかがんで扉の向こうを覗くと、すぐ先は真っ暗でなにも見えず、ただ冷たい風が流れ出てくるばかりだ。
その風にのって土埃のようなものも一緒に出てきていた。
俺は昔から結構きつめのホコリアレルギーなのだが、森に戻るくらいならと、目がかゆくなるのを覚悟し、満を持して中に入った。
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