学会 009
「だって、リュージュは世界を知らないんでしょう?」
「……ミリア、時折あなたは核心を突いてくるわね。けれども、それは正解よ。でも、それが?」
「あんな塔の上で、一人でずっと暮らしていたなんて、考えられない」
ミリアはまだまだ子供だ。
子供だからこそ、純粋で無垢な質問が生まれることもある。
「……あなたにもきっと、分かる時が来る。私がどうして一人ぼっちだったのか――ってことを」
「分からなくても良いのかも」
「どうして?」
「分かったら、それを分け合うということになるのでしょう?」
「……そうなるのかな」
「ミリア。お前はいつもそうやって人を揶揄う」
言ったのはラルドだった。
「ということは、ラルド、あなたは?」
「僕もその被害者……とまでは言わないけれど、そんな感じかな。でも、悪いことばかりでもないんだよ。ミリアと一緒に居ると楽しいし。外に出られないのは、ちょっと辛いけれど」
確かに、それはそうだった。
ミリアとラルドにとってみればまだまだ遊びたい盛りだっていうのに、こんな狭い部屋に閉じ込められている。
庭で遊ばせてやっても良いのではないか――などとリュージュは思っていたし、そうあるべきだとも思っていた。
なぜならば、彼らが暇になると、その相手をしなければならないからだ。
「一度提案はしてみるか……」
次に何をするべきか決まったリュージュは、一先ず行動に移すこととした。
◇◇◇
「中庭の開放……ですか?」
「駄目か?」
リュージュの提案に目を丸くするボイド。
「……何がおかしい? ずっと硬直しているようだが」
「いや、別に……。魔女も人なのだな、ということを思っただけです。これは新しい発見でもありますね」
「お前、私を馬鹿にしているのか?」
「いいえ、全く」
ボイドは笑みを浮かべつつ、紙に文字を認めている。
今は論文を書いていて、学会準備のラストスパートと言える段階だ。普通ならばそう簡単においそれと世間話が出来る訳でもないのだろうが、リュージュとの会話はボイドにとっては特別だ。
「……学会では未だ『喪失の時代』について発表をするつもりか?」
「駄目でしょうか?」
「駄目とは言わないが、そこに囚われるのもいかがなものかな、と思っただけだ。あの時代には良いことなど何一つもない。だからこそ喪失と呼ばれるんだ。都合の悪い事実があるから、ひた隠しにするだけ。それ以上の意味があるとでも思っているのか?」
「でも、人間の歴史を紐解く上では非常に重要です。歴史書の中でもその時代だけが空白である――それは、変えなくてはならない。いつかは誰が解明しなければならないことなんですから」




