大食いガールズ、節分編
「………………寒いわね」
コートの襟を立てて、いつもの行きつけの食堂へと足を進める。周りの家には鬼の面が飾ってあって、今日は節分だったと改めて思い出す。
「………………だからって、文化はもう………………」
自分で炒ってきた豆片手に、私のことを追い回さなくたっていいじゃない………………誰がオニよ、もう。しかもみんなにも配って一斉に追いかけ回すんだもん、掃除も大変だし、何よりお豆が勿体ないじゃない。
「それにしても………………」
みのりちゃんのお誘いって何かしらね? こんな夕方に、食堂に来て欲しいって。
『あ、お腹は空かせておいてくださいね?』と意味ありげに言われたし、………………これはもしや、新作メニューの味見を頼みたいってことだったりして!?
「………………新作メニュー♪」
寒空もなんのその、軽やかにスキップしながら食堂目がけて一直線。
「こんにちわ。」
正面から堂々と入ると、食堂は今日は混雑していて………………いや、居るのはお客さんじゃないみたいね。
「ただいま〜。あ、雪乃先輩。もう来られてたんですね。」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはコンテナを抱えたみのりちゃんの姿があった。
「みのりちゃん、今日はなんのお誘いかしら? それに、そのコンテナは………………」
「あ、これですか? 」
どさりと置かれたコンテナの中身を覗くと、
「…………太巻き?」
「正確には、恵方巻きです。」
各コンテナに、恵方巻きがこれでもかと詰め込まれていた。
「毎年毎年たくさんのロスが出るって商店街で問題になってたんですよ。捨てるの勿体ないから誰か食べて欲しいって言ってるんですけど、流石にこの量は私でも消費しきれなくて。それで、雪乃先輩はご飯お好きですし、少し手伝っていただけないかなって。」
「………………あぁ、そういうことね。」
ひょいっと、恵方巻きをつまみ上げる。コンビニの値引きシールがこれでもかと貼られた姿には、ちょっとだけ哀れみを覚える。
「わかったわ。それで、何本ぐらいあるの?」
「えーっと………………ざっと50本ですね。20本はこっちでどうにかするので」
「50本しかないの? なら、面倒な配分なんてしないで一緒に食べましょ?」
ちょうどお腹すいてるし、と椅子に腰掛けてまず1本目にかじりつく。
「ご、50本『しか』ですか………………流石は雪乃先輩と言うか………………分かりました、今お醤油持ってきますね。」
みのりちゃんが奥に引っ込むのと同時に2本目に手を伸ばす。今度のはコンビニのじゃなくて、いかにも自分ちで巻いたって感じのもの。
「お醤油持ってきまし…………もう2本目ですか」
みのりちゃんが呆れたように言う。
「あら、これで3本終わったわよ?」
「………………雪乃先輩、恵方巻きをポッ〇ー感覚で食べてません?」
「??」
食べないの?と視線で問いかけると、すかさずみのりちゃんはコンビニ巻きに手を伸ばす。
「コンビニのは任せるわ。ビニール剥くのが面倒だし。」
「は、はい………………」
空になったコンテナを床に下ろして、次のに手を伸ばす。………………あら、今度のはちょっと桜でんぶがしょっぱいわね。次のは………………海苔がシナシナね。これは………………干瓢が甘すぎ。
「雪乃先輩、お茶です」
丁度いいタイミングで出されたお茶を一気に飲み干して一旦休憩にする。
「それにしても水臭いわね。なんでちゃんと伝えてくれなかったのよ」
「いやぁ、『残り物の処分手伝ってください』って伝えるのはちょっと………………」
「そんなの気にしなくたっていいのに。………………私は食べられればそれで幸せよ。ただし、辛いものはダメね。」
「ありがとうございますっ。」
一息つくと、次の恵方巻きに手を伸ばす。
「あとはこれだけね。さ、一気に片付けちゃいましょ?」
「え、もうこれだけ………………」
みのりちゃん、さっきから驚いてばっかりね。これぐらいみのりちゃんも食べるでしょうに………………
「ありがとうございました、雪乃先輩」
「いいのよこれぐらい。それに、良いものも手に入ったし。」
私は、さっき貰った特典の数々を思い起こす。………………実は食堂にいた人達は商店街のそれぞれのお店のオーナーさんで、かつ、この恵方巻きの作り手達だった。セールも兼ねて各店舗で作ってみたはいいけれど、余っちゃったというのが正直な所らしく、処分するにもお金がかかる為困っていたらしい。それを片付けてくれたお礼に、これからは なにか1個サービスしてくれたり、安く食べさせてくれるという約束を取り付けた。
「じゃあ私は寮に戻るわね」
そう言って歩き出すと、みのりちゃんが恐る恐る、
「…………雪乃先輩、もしかしてこれから寮で『晩御飯』とか言いませんよね?」
「あら、よく分かったわね?」
「どんなお腹してるんですか!?」
更に呆れ顔をされる。………………なんで?
「ただいま。」
「あ、雪乃おかえり。」
ひょいっと振り向いた望乃夏が咥えていたのは、
「恵方巻き………………」
「そこのニアマートでタダで配ってたからさ。雪乃の分も貰ってこよっか?」
「流石にもう要らないわよ………………」
この後、2週間ぐらいは海苔巻きを見るのも嫌だった。