1部
帰宅が完了して、今日はお開きとなる。今後の方針はゲルトレイルがギルドへ10階層到達の報告を終えてから話し合うことになった。
夜に一人になる。そのタイミングで【止門】にいる半透明の男、サルトビ・クグモに会いに行った。
「我がスキルを継承せし、【八卦神門】の継承者よ。名はなんと申す?」
えぇぇ、またこのやり取りから始めるの? めんどくさいなぁ。でも待てよ? このやり取り……試してみるか。
「名を聞くなら、貴方が名乗るのが先では?」
「はっはっは。よもや我を知らぬ者がここを訪れるとはな、我が名はサルトビ・クグモ。二代目八卦神門継承者である」
全く同じではないものの反応が一緒だ。社交辞令? 前回の記憶は無い? 自分の名乗りも終えて挨拶をすれば。
「我がスキルを得て、なぜここへ戻った?」
質問の意図がわからない。
「確認したい事があってね」
「なんだ?」
「前回の訪問を覚えてる?」
サルトビ・クグモは僅かに首を横に振った。そして説明してくれる。この存在は単なる記憶の媒体に過ぎない。【八卦神門】の全ての門を解放した時に、その時の自分が登録されてこの場所で半透明の存在として他の継承者を待つのだとか。
せっかく意思を通わせて情報を得られる存在と巡り会えたのに、相手は何時も初対面の挨拶をしてくるわけだ。ここにいるサルトビ・クグモは情報を更新しないんだって。さながらNPCの様だね。でもまあ、こちらの質問によって彼の気持ちや考えは教えてくれるから為人を理解できたけれど。
残念だ。彼と仲良くなれたと思ったのに、毎回初対面の挨拶をされるのはきつい。こちらがどれだけ感謝していても、次に会うサルトビ・クグモはまた1から関係を構築しないといけないんだよ。
ガッカリしながら今回の訪問を終えて、僕は自分の部屋へと帰った。
コンコン。
「どうぞ」
ノック音に返事をするとカチャっとドアが開き、ゲルトレイルが顔だけを覗かせる。
「アレク、今ちょっといいか?」
「入っていいよ」
スっとドアを開け、ゲルトレイルが入ってくると同時に魔女2人も後ろから顔を見せた。頷くと彼女達も恐る恐る入ってくる。そういえば部屋に招くのは初めてだね。
「皆さんお揃いで、冷やかしかぃ?」
「「違う(から)」」
ちゃんとツッコミが返ってくる心地良さに頬が緩む。春の季節しかないこの国に相応しくはないけれど、特注したコタツにみんなが囲みだした。こたつ布団を捲って足を入れる初体験をした人の様子はなかなか興味深い。
「うわぁ、なんかヤミツキになりそうだね」
「でしょ」
ミカンがあればと思わなくはないけれど、如何せんここは寒くないからね。しばらく雑談が続いて、ゲルトレイルが切り出す。
「ギルドへの報告結果なんだが」
そういうとみんなが居住まいを正した。
「10階層への到達は当然認められたんだが……」
何故かゲルトレイルはゴクリと唾を飲む。3人の視線は自然と赤髪に向けられていたけれど、僕の脳内はなんだか騒がしかった。音が鳴っている訳では無いんだけれどね。
『【八卦神門】の使用条件が整っています』
『【鍵】スキルを使って解錠しますか? はい/いいえ』
『状況を【保存】します。【八卦神門】のスキルを意識してください』
なんとなく意識を脳内へと向けた瞬間、時間が止まった?
ゲルトレイル、サリアラーラ、リリアリーリが固まっている。なにこれ……
自分だけが取り残された世界。緊張した面持ちで続きを話そうとしているゲルトレイル。彼の言葉を真剣に待っている魔女達。一気に世界が色褪せて見えたんだ。右隣に陣取ったサリアラーラの左頬に手を伸ばし、つねってみた。反応は無い。その間、すり抜けた精霊ピンポンの明滅にも変化は無い。
気持ち悪い。自分の意志と関係のない所で、スキルが発動して世界が止まるんだよ!?
僕は動揺した。
『サルトビ・クグモの【召喚】に応じますか? はい/いいえ』
『サルトビ・クグモを【召喚】しますか? はい/いいえ』
何この選択肢。
【召喚】に応じますか?? サルトビ・クグモが呼んでるの? サルトビ・クグモを呼べるの? いや、来なくていいし。別段困ってない。あんな古めかしい喋り方の御仁を連れてきたらどんな騒ぎになるんだか……。
【召喚】って僕はなんか凄い獣とか竜とか、逆に可愛い系のペットみたいなのを想像してたんだけど。違うのか? この世界に召喚士がいるのかどうか聞いたことないけど、スキル継承の時に見た【八卦神門】の説明の中に確かに【召喚】ってあったんだよね。怪しすぎて今まででなんにも触ってこなかった分野なんだけれども。
あーだこーだ考えていても一向に止まった世界が動き出すことは無かったんだ。だから僕は消去法で選んだ。サルトビ・クグモを知るいい機会かもしれない。
呼ばれているのなら、行くしか?
僕は【召喚】に応じた。
止まった世界がぐにゃりと歪んだ。




