二
「おかわり」
「はい、どうぞ」
パクパクムシャムシャ小気味よい咀嚼音が我が家の3方から聞こえる。僕と右にリリア、左にゲルトの3人の音だ。正面は甲斐甲斐しく僕達の世話を焼いているサリアが座り、指を組んで顎を乗せながら幸せそうにこちらを眺めている。
「「なんか、お母さんみたいだね」」
「お、お母さん……」
珍しく僕とリリアのセリフが被ったんだけど、そしたらサリアがショックを受け項垂れた。ストレートの紫の髪が肩から流れるようにこちらに雪崩て静止する。サラサラした綺麗な流れに目が奪われそうになった。ゲルトは1連の流れを見て苦笑している。
「お父さん、今日の仕事どうだった?」
「誰がお父さんだっ!」
苦笑するゲルトに向けてそう聞いたらすぐに突っ込んできた。リリアに目を向けると何故か青ざめている。彼女の視線の先を追うと、僕も血の気が引くとはどういうことかを身をもって経験した。サリアの般若の様な恐ろしげな顔がこっらを睨みつけていたんだ、怖い……。ここは無視を決め込もう。
負のオーラを察した精霊ピンポンが僕の顔の周りをクルクルクルクル飛び回っている。僕は匙を片手に狙いを定め、ピンポンをスマッシュする機会を伺っていた。
スカ。
当たったと思ったのに……スカ。
スカ。
くそぅ。……ラケットなら当てられるかもしれないのに。何度かピンポンとの攻防を繰り返していると、周りはクスクス笑っていたんだ、なにごと? どうやらピンポンがサリアのために意趣返しをしているのがなんとも微笑ましかったんだって。見事に乗せられたみたいだ。
「行動施錠」
悔しかったから顔の周りを飛ぶ精霊ピンポンを止める。止まるのかな? あ、止まってる。なんか明滅の仕方が半端ないな……。なんか焦ってるっぽい。面白っ。僕はゆっくり手を伸ばしてピンポンを掴もうとした。
「あ、ああ!! アレクセイ、何する気!?」
サリアは明確な"助けてーっ"というサインを精霊から受け取ったようだ。やるな術士。焦りを滲ませて制止の声をあげ、先程までの般若をどこかに収めていた。構うことなく僕はピンポンを手の中に包もうとしたけれど、叶うことはなかった。やっぱり接触することはできないようなんだ。つまらないなぁ。興味がなくなってきたから行動解錠してあげようっと。
ピンポンは一瞬でサリアラーラの元へと逃げ、一生懸命何かを伝えている。サリアはうんうん、と頷きながら慰めあっていた。
パーティーの経費を担当している僕は店舗付きの家を持っている。もう5の鐘が鳴って夕方6時過ぎくらいかな? もう時計の感覚が随分無くなってきたけれど、たまに自分を律する意味で、何時だって意識するようにしているんだ。あんまり意味もない気はしているんだけれどね。
彼らが我が家にいるのは、泊まりに来ているからだ。宿代が嵩むとそれだけでパーティー運営の危機がやってくるから、節約しているんだよ。魔女2人が王都に来ている時に限り、ゲルトレイルを呼び寄せて4人で暮らすようにしたんだ。クエストで出かける時は野宿で、同じテントで過ごすんだから、それに比べれば部屋割りできる僕の家はまだマシと言える。狭いけどね。家賃徴収しようかしら? はっ!? ジョブ【大家】の影響が……。
「アレクー!! お客さんだよー? なんか全身真っ黒ー!」
元気よく僕の肩に止まって耳たぶを掴んだ妖精リンカーラが外からリビングに入ってきてそう告げた。こんな時間に客? 全身真っ黒の客?
僕は【鍵】の範囲を広げ、対象を捕捉した。危険はなさそうだ。所属が【怠惰の蛇】になっている。僕はすぐに店舗へと向かい、入口のドアを開ける。
カランカラン。
「ヴァレントさん、頭目からお届けものです」
黒ずくめの女性から封筒を渡される。裏返すと確かに【怠惰の蛇】のジャンヌからだったんだ。きっとアノ情報の1部だろうなぁ。
「ありがとう、ランキュールさん」
そう言うと、黒ずくめの女性から僅かに驚いた雰囲気を感じたけれど、感情を立て直すのも一瞬だった。
「はぁ……流石ですね。こんなカッコしてるのに、意味ないじゃないですか……」
せっかくの黒ずくめの恰好で、顔やら何やらを隠しているけれども、対象を鑑定ることが出来る僕にはあんまり意味もない気はするね、うん。初対面なのにバレている事をランキュールはもう諦めているようだった。
「頭目が言ってたんですよ。あの子には何をしても無駄だって……よくわかりました」
それでは失礼します、と言って彼女は消えた。"何をしても"って、一体何しようとしたんだろうね? 部下を守るために僕に「手を出」さないように言い含められていたんだろうか? うーん、警戒されている(笑)
「アレク、誰だった? お客さん?」
「お客さんと言えばお客さんだけどね、遣いの人だったよ。今度の行き先が決まりそうなんだ」
僕は貰った封筒をヒラヒラさせて、リリアの質問に答えた。




