7刻
「アレクセイっ、もう大丈夫だからっ! それ以上はダメだよ! ねぇってば!!」
必死に僕の腕を掴んで引っ張るサリアラーラの顔は蒼白だ。チラっと見えただけだけど。僕は馬乗りになって1人の男をボッコボコにしているところだ。
怒りに任せている訳じゃない。でも許せる訳もない。僕は初めて人に殺意を抱いた。
ーーーーー
久しぶりの王都の姿は、何の感動もなく僕らを歓迎する。南西門の門番はえらく若い人だったんだ。高卒くらいか? 18歳らしい。ドンピシャにニヤニヤが止まらない。最近は人を鑑定る時、ある程度予測を立ててからにしている。その方が面白いし、観察眼を鍛える面で役に立っていると思うよ? 多分ね。
マサテュール公爵領からの帰り、ようやく僕らは王都へ着いたところだ。魔女姉妹は森の家ではなく王都に宿を取るらしく、着いてくる。もう引き払って王都に移ろうかと計画中みたいだ。
僕以外の3人はかなり疲れている。ゴブリンの殲滅クエストをこなし、盗賊の残党狩りに駆り出されてしまったんだ。一応戦果をあげた彼らにもギルドから指名依頼が来たらしい。僕はランク外だったから呼ばれなかったけど。悔しくないもん……グスン。
彼らは最初僕が依頼を受けられないのなら断る、と言っていたんだけど、事態はそんなに甘くはなかったんだ。逼迫したギルドの雰囲気に飲まれた彼らは僕に申し訳なさそうにしながら、受けよったんだ。散々僕にソロばっかりとクレームを付けたそのすぐ後で。
暇を持て余した僕はマサテュール公爵城塞都市を観光した。腹いせに、たくさん屋台を堪能し、お土産を物色したり、武器屋に防具屋、魔道具屋に雑貨屋、お食事処などを回った。時間が有り過ぎて、僕はついに冒険者ギルド・マサテュール支部にクエストを受けに行ったんだ。なんかやろうと思って。
そして出会ってしまったんだ。天敵ロックタートルに。岩亀の事なんだけどね。いやぁ、コイツ硬いんだよ。あろう事か僕はこのロックタートルの討伐依頼を受けてしまって、凄く後悔したんだ。1体だけの討伐だって言うのにだよ? 首、手足引っ込められたらもうどうする事もできなかったんだ。僕の愛剣ではね……。
ガチ、ガガ、キーン。
斬れないんだよ。耐久性という概念に施錠を掛けたこのブロードソードをもってしても、歯が立たなかった。刃が立たなかった? どっちでもいいけれども、最早僕のブロードソードはこのロックタートルにとって単なる金属バットに成り下がっていたんだ。金属バットもたいがい強いとは思うんだけれどね。金棒みたいなもんでしょ? いや、そのものか。ホームランバッター並のスイングでも、僕の両手がジィィィーンとしただけだった。
途方に暮れた僕は彼の岩亀に対して、防御力に施錠を掛けて討伐しましたとさ。エグい勝ち方だった。
ちょこちょこと簡単な依頼を受けて時間を潰していたから、彼らが討伐完了して帰ってくる時も元気いっぱいだったんだよね。乗合馬車で3人はぐっすり眠ってしまったんだ。お疲れ様。
彼らを起こして王都に入る。眠気眼の3人は欠伸をしながら僕の後ろを歩いていた。みんな黙り込んでいたからか、異変に気付くのが遅れてしまう。
サリアラーラが路地に引っ張りこまれてしまったんだ。疲れを残していたためにすぐに抵抗もできず、口に布を当てられて運ばれていく。
静かさに違和感を感じて振り向くと彼女の姿がない事に焦りがきた。王都の治安は最近悪くなっている。僕達は2方に別れて探すことにした。疲れが残る2人と僕でだ。
来た道の路地を片っ端から虱潰しに探した。僕は右に、2人は左の路地に。
サリアラーラは轡を嵌められて、ローブが少し裂かれ、両手を縛られているところだった。目には涙をいっぱいに溜め込んで、抵抗を試みていた。
それを見た僕は、何も考えることなく男に殴りかかった。【鍵】の事もすっかり頭から抜けていた。行動施錠すれば楽だったのに、と思わなくもないけれど、それどころではなかったんだ。
男は殴られて、意識を手放したフリをした。と言うより、意識はあるけど抵抗を諦めたというのが正しいか。それを見て僕はサリアラーラを解放する。そして、不安解錠。
彼女の落ち着いた様子を見て、僕は男に向き直った。
掛ける言葉なんてない。
男の絶望した顔も興味はない。
サリアラーラは何かを感じたのだろう。必死で僕を制止しようとする。
肩に触れる。彼女の不安解錠。
男に向き直る。
この人間のクズをどうしたらいい?
ーーーーー
男は泡を吹いて意識を手放した。
チンピラの男(名前表示さえ嫌)
状態:気絶
状態:恐怖(10日【保存中】)
状態確認を済ませて、サリアラーラを見ると彼女は怯えていた。何に? ハッとする。僕はすぐに頭を下げた。
「ごめんね、サリア」
サリアラーラは首を横に振るだけ。その瞳には雫が溢れんばかりに溜め込まれている。言葉にできない程の恐怖に晒された後の暴力の場面……どれ程のダメージを受けているのか、想像も出来ない。
僕は自分にもショックを受けている。かつてこれ程の憎悪を感じたことは無い。これ程の暴力を向けたことも無い。自分が怖いと思った。手はまだ震えている。
ちょっと身じろぎしただけでサリアラーラはビクリと身を震わせた。僕はもう前へ動けない。彼女から距離を空けるように後ろへ下がる。……だけど。
「待って! アレクセイ、お願い待って……」
サリアラーラは必死の形相で行かないで欲しいと懇願している。消え入りそうな声で呟いた。
尻もちをついている彼女の対面に座る。彼女は右手で自分の横に来るよう地面をポンポンと叩いた。その通りに移動するとサリアラーラは恐る恐る僕の首に両腕を絡みつけた。
「ありがと、助けてくれて……怖かったぁ」
何度もひくっとなりながらお礼を言う彼女の背中を僕はそっと触れる。随分長いこと抱き合っていた気がするけれど、落ち着いてきた雰囲気を感じて僕はそっと立ち上がった。
それに。
男が気がついて、起き上がろうとしたのを見たからだ。サリアラーラが一瞬ビクッとなる。僕は男の顔を蹴り飛ばした。
「行こう、サリア」
彼女を見る。サリアラーラは言いにくそうにモジモジしていた。どうやら決意した様子に僕は首を傾げる。
「あの、あのね、アレクセイ。こ、こ、こ」
「こここ?」
「腰が抜けて立てないの……助けて……」
僕はコケそうになると同時に感じたんだ。
可愛らしい救助要請に、愛おしさを。




