6刻
マサテュール公爵領城下町の宿『アイデンティティーの裏側亭』という一風変わったネーミングの、1階にある『モラルを覆す不届き者の楽園』という不穏な空気を感じる酒場の、柱のせいで注文したくてもなかなかウェイターが来てくれない角の席に陣取った、我々【冷やかし客】とその専属ポーターの僕は、報告会を行なっていた。
要するに目立たない席に着いた僕達は、お互いの近況を報告し合いましょうという席を設けているわけなんだ。1週間ほど別行動していたから、同じ部屋のゲルトレイルとは顔を合わせていたけれど、魔女姉妹達に会うのは久しぶりだ。
まだ昼だというのに、窓から差し込む光は無い。テーブルのロウソクがゆらゆらと小さな範囲を照らしている。外は大雨で、木の窓から雫が撥ねているせいで、掛けていた右肘を伝う水の滴りに不快感が増している。
「アレク、パーティーなのに私たち随分とおひさしぶりじゃない?」
若干イラついた物言いは、いつも明るいリリアリーリだ。珍しくお怒りの様子に首を傾げる。横にいるサリアラーラは無表情だった。ゲルトレイルは苦笑しているだけで傍観を決め込む腹積もりなのかな? 1週間で何があったんだろうね? 申し訳ないけどあんまり興味は無い。
「そうだね。ところで、君たちは結局、採取? 討伐? どっちにしたの?」
あっさり話題を変えたことにリリアリーリは深い深いため息をついて肩を落とす。彼らはゴブリンの討伐を選んだようだった。途中参加の4人パーティーが戦果をかっさらって行ったせいで、報酬をあまり得ることができなかったんだって。
3人で得られた報酬は銀貨1枚と大銅貨4枚。必要経費大銅貨6枚を要したから、結局純利益大銅貨8枚、約8千円。もちろん日本の価値観で言うと安いけれど、この世界ではかなりの稼ぎにはなるはずだ。パーティー名変更するにはぜんぜん足りないけどね(笑) 反省はしない。
「じゃ、僕からの報告だね」
【獅子の咆哮】という王都ルクセンの闇組織からの紹介で【怠惰の蛇】という組織と接触。協力関係を築いて、彼らの仲間を救出。見返りに各地の城の情報を貰う事と金貨8枚を得たことを伝える。本当は金貨100枚だったけど、言ってもどうしようもないし、金貨1枚でも驚く人達だから、これでいい。案の定3人はとても驚いてくれた。
【怠惰の蛇】は既にマサテュール公爵の不正の証拠をかなりの程度集めていたらしく、僕がやろうとしていたことは残っていないとの事。不完全燃焼だよね。ぶっ潰すって息を弾ませていたのにさ。まあ、途中でやる気もごっそりなくなってたけど。鬱なんだろうか。失恋拗らせている僕の八つ当たりで滅びるような貴族社会なんて脆弱すぎるよね? はァ。いい加減この抑鬱状態から抜け出したい。
たまに頭がズキリと痛む時があるし、ガガ、ザザーってノイズが頭を巡る時もあるし、調子悪いなぁ。
「アレクあのね、私達は邪魔なのかな? 1人でもこんなに稼いできちゃうし、自信なくなるよ……」
リリアリーリの今日の様子は本当に珍しい。どうした? 意味がわからない。何がいけない? また失敗したのか……僕は? どこかで亀裂が入り、彼らとの溝が深まって行く感覚に少し恐怖を覚える。ソロに戻った方が良いのか? 二の句を継げないでいる僕に、リリアリーリは続ける。
「アレクは戦闘系のスキルじゃないのに……私達より遥かに強いし。冒険者ランクだって低いのに……私達より遥かに稼いでいるし、情報も得方が違うし、凄すぎるよ」
彼女の声のトーンがだんだんと落ちていく。
距離感か。
僕にも解る。いつも彼らとの溝があるって。
行動を共にするってことは、お互いの歩幅を合わせるって事だ。僕達にはそれが無かった。最初からこれだ。長続きしないと決めつけるのは早いけど、途中で関係を絶つより今終わらせた方が傷は浅い?
そんな思考に至って彼らを見渡すと、捨てられた子猫のように3人は悲愴な顔でコッチを見ていた。
ああ、そうか。彼らも怖いのか。捨てたり捨てられるのが……。
ふっと力が抜けた。
「そんなに褒められてもなんにも出ないよ? それにさリリア、ランクど低いとかスキルださいとか酷いディスりに僕は今泣きそうだよ? どうしてくれるの?」
ぇぇぇぇ、そんな事言ってないよね!? 慌てるリリアリーリは可愛かった。プッと吹き出したのはサリアラーラ。ゲルトレイルは苦笑気味にため息をついて頭をかいている。
1週間は長すぎたのかな? 大雨も僕達の気持ちを暗くさせるのに一役買っていたのかもね。
「ごめんね、パーティーのお誘い嬉しかったんだけど……冷やかしかと思ってたんだ」
「「んなわけあるかー!!」」
おお、今日もなんかハモったな。




