7幕
ピンポン玉くらいだろうか?
僕の左肩の上にふよふよ浮いて着いてくる光の大きさは。右肩には僕の耳たぶを満員電車の車内で吊革を掴むようにして握っている翅人(妖精)がいる。
どう言う状況!?
市場の横にある屋台村で串焼きとかホットドッグのようなパンを購入して、果物を買いに市場に入ろうとした時だった。光と翅人が一気にこちらに飛んできたんだよ、びっくりしたぁ。
「アレクー。おひさー!」
「おぅ、リンカーラ。久しぶり」
翅人リンカーラは最初に魔女リリアリーリに声を掛けた妖精だ。彼女はリリアリーリのパートナーとして付いている。一方左側の光のピンポン玉は精霊だ。こっちは魔女サリアラーラの契約精霊かな? 意思疎通ができんからわからん。まあ、いいや。そう思ってるとなんとなく不機嫌な感じに点滅しだした。なんか笑える。
最初に気づいたのはサリアラーラの方だった。精霊の気配が薄ら遠のくのがわかったらしい。彼女は僕を見つけると満面の笑みで寄ってきた。
「アレクセイ、お久しぶり。あ、あの、元気だった?」
紫色のストレートヘアそのままに、今日は帽子は被っていないようだ。藤色の目を瞼で少し見えなくして、はにかんでいる。頬は少し赤い。手には籠いっぱいの野菜や果物が詰められていた。夕飯の準備かな、買い出しのようだね。
「うん、相変わらずだよ」
サリアも元気そうだね、そう言うとサリアラーラは更にその顔を赤らめる。名前言っただけだよね? 怖くて「状態」は鑑定れない。え? 1度見てみたい? 無理無理無理。やめてよ。ゲルトレイル並にメンタルが出棺されちゃうじゃないか。
彼女たち魔女姉妹は3年の間、かなり頑張った。精霊と妖精の確執はまだまだ激しいようだけど、妖精リンカーラと光の精霊ピンポン(勝手に呼んでる)の間を取り持って一緒に住めるようになったんだ。快挙だ。あのお互いを邪悪と表現し、憎しみ合っていた状態から、側にいても大丈夫なくらいに説得に成功している。いい傾向だと思うよ。
「この時間で買い出しって、今日は宿?」
「そう。討伐クエストで報告がちょっと遅れちゃってね。今からだと帰りが危険だから」
無理をせず宿を取ったと。この子達の実力なら余裕で帰れそうだけど、用心に越したことはないもんな。最近は王都民もスラム街も危険な匂いがプンプンしてるし。夜は更に危険だ。悪質な事件も頻発しているというお触れもあったことだし。魔女姉妹は生活のためにたまに冒険者ギルドで討伐クエストを受けている。家の周りの魔物を駆除して、素材を持ってくるだけらしいけど。家の場所の都合で常時依頼と同じ扱いにしてもらっているんだとか。
「アレクセイは今日は……お惣菜?」
「まあね、仕事の都合で今日は徹夜なんだよ、多分。だから食事を買いに来たんだ」
「あ、じゃあお店にはいないの? か、な?」
若干残念そうだし、なーんか含みのある変なイントネーションだったな。来る気だったのかな? まあいつ来てくれてもいいんだけど。冷やかし以外ならね。よく来るんだよ、妹の方が特に。甘い物持ってくるから断れないんだ、コレが。営業妨害なんのその、お客さん来たら奥の生活スペースに上がり込んでくるし。
「そ。工房で泊まり込みなんだよ。それじゃね」
ぱっと手を挙げて去ろうとすると、サリアラーラは遮った。
「アレクセイ、ちょっとピリッとしてない? 大丈夫? 無理してない?」
矢継ぎ早に質問が来た。顔は真剣そのものだった。僕から焦りが見えたのかな? 相変わらず鋭いね。確かに僕は焦っているのかもしれない。シェイナの涙を見てから、動揺しているのかもしれないし、これから必ず危険な場所に向かうことになるから、意識のどこかで緊張しているのかも。
「ちょっと大人になっただけだよ」
悪戯っぽく口端を上げた。そう言うとサリアラーラは悲しみの含んだ笑顔を見せる。器用だなぁ、笑ってるのに傷ついた表情ってどうやるんだよ? 僕がそれやったら警備隊呼ばれるヤツだよね。女の子って得だよなぁ、何やっても絵になるんだから。
だけど傷付こうが事情は言えない。
「嘘よ。精霊が貴方を助けなさいって言ってるもの」
驚いて左を向く。ドヤァという光り方かどうかはわからんが、なんか強く主張している雰囲気はあった。光り方で表現するって、ピンポンも大概器用やなぁ。
「アレクー! バレバレー! アハハー」
リンカーラもどうやら僕の様子がいつもと違うと思っていたらしい。はァ、ゲルトレイル並にメンタルが弱いのかな僕も。だけど、言う事は決まっている。
「ありがと、でも助けは要らない」
「なんでよ!」
「言う必要も義務も、気持ちも無いから」
突き放す。泣こうが喚こうが関係ない。遮る手を押し退けて進む。泣き落としになんて負けるもんか。きっと大丈夫……泣いてないよね? ほっ、泣いてなかった。というかめちゃめちゃ怒ってます? ひぃ。
「私には! 助ける義務も! 必要も! 気持ちも! 3年前からずっとある!」
「サリアラーラさん、ここで大声はちょっと止めて……盛大な告白に聞こえちゃうよ?」
市場の真ん中である事をそっと教えてあげる。大声を上げたサリアラーラに視線が集まっていた。はたと気づいたサリアラーラの耳は顔以上に真っ赤だ。
「え、え、な、なに、こ告、告白!? そんな、わたしまだこ、心の準備とか……」
下を向いてなんかごにょごにょ言いだした隙に距離を空ける。サリアラーラは真面目すぎるんだよ。妹を救うために投げ出した命をここで使うべきではないし、僕には本当に必要ない。【鍵】を過信する訳では無いけれど、本当に強力だから。
ただ、僕を助けようとしてくれる人がいる。その思いがあるから強くなる。それだけでいいんだよ。誰かが犠牲にでもなったら、僕はきっと耐えられない。
スタスタと歩いて来たけど、サリアラーラはなんと僕の目の前にいた。
「アレクセイ、逃げないでよ!」
カチンときた。
「逃げてねぇよ!」
「じゃあなんで私から距離をとるの? ちゃんと聞いてよ!」
それからサリアラーラは両手に野菜いっぱいの籠を持ったまま、主婦さながらの格好で捲し立てる。重くないのかな? 手が赤くなってきてるけど、大丈夫?
美人系の顔で可愛い声をしているんだよ彼女は。妹の方が小動物系の可愛さなのに声はちょっとハスキーなんだよね。交換したらどハマりするオタクが増えそうなんだけど、このギャップが良いと言う人もいるんだろうなぁ。
「3年も待った……アレクセイはもう成人でしょ? 子供に負わすなって言ってたから。だからあの日の約束はこれから果たしていくから」
「ゴメン、サリアラーラ。結婚なんて約束してないよね?」
「ち、違うし! そうじゃない! えと、アレクセイが良いなら結婚も……」
怪しいセリフが若干聞こえたし、またごにょごにょ言い出した隙に逃げようかと思ったけど、決意が固そうだ。はぐらかしてるのに全然堪えてないんだから、この人のメンタルどうなってんの!?
さて、この試練どうやって切り抜けよう。
僕は途方に暮れた。
ちなみにまだ両肩に精霊も妖精もいるから魔女姉妹にはどっちみち追いつかれるらしい。




