8の巻
今章エピローグ的な話
「……それでですね、アレクセイさん」
「はい」
僕は冒険者ギルド内にある会議室に連れてこられている。開業の挨拶に来たんだけど、顔を見た瞬間にシェイナ(偽名)に裏へと連れていかれたんだ。
シェイナは相変わらずの甘い声で、真面目に向き会ってから僕に言う。
「私は今日でギルドを退職することになったんです」
「あ、もしかしてご結婚ですか? お……」
めでとう、と続けようとしたらすっと右手をあげて制される。
「違います」
口調が厳しいのに甘い声だから、怒られ気味なのに癒されるのどうしてだろうね? 睨まれるとこう、全身がキュってなるんだけどね、恐怖で。
実家に戻ることになっていると言う。最初から期限付きの職務で、今日までの契約だったんだとか。あ、確か……。
「ギルド長も今日で交代なんですよね?」
困った顔をしたシェイナは指でバツを作る。
「それ以上はダメですよ、アレクセイさん」
あ、貴族関係で巻き込まれちゃいけないラインのようだ。この辺のボーダーラインをしっかり教えてくれるシェイナは本当に優しい人だ。12歳の頃からお世話になっているこのお姉さんをもう冒険者ギルドで見ることは無くなるのか。寂しいよ。
しっかりシェイナに頷いて安心させる。今度は僕の報告だ。
「シェイナさん。僕もね、今日でギルドにはきっと来ないんです。商業ギルドに加入したから、あっちがメインになるんですよ。だからお揃いですね」
全く来なくなる訳では無いんだけど、嘘ではない。努めて明るくそう言うと、シェイナさんはふわっと花が綻ぶような笑みで応えてくれた。
「アレクセイさん、この3年でほんとに大きくなりましたね」
「きっとあの時依頼書を取ってくれたおかげですよ」
手が届かなかったジェスチャーを交えて悪戯っぽくそう言うとシェイナは一瞬だけ驚いた顔をしたんだけど、思い出してクスクス笑った。
「貴方にお願いがあります」
「なんでしょう?」
「もう仕事の関係はなくなるから"アレク"って呼んでいい?」
口調を変えたシェイナはその声も相まって、とても魅惑的だった。そんな彼女に僕はなんて応えよう。
「僕はまだ死にたくないので、お断りします」
「もう!」
2人で大いに笑った。もう取り繕わないシェイナは職業故の固さは無い。ただ、公爵令嬢だけあって、笑い方に品があったけど。
この国の貴族の結婚適齢期が20歳前後というから、もうそんなお年頃だと思うんだよね。シェイナは政略結婚に巻き込まれる立場ではないんだろうか?
「それでは、アレク。今まで貴方の成長を見られて本当に楽しかったわ。元気でね」
僕は彼女の前で跪く。
「シュナイデリン様もどうかおかわりなくお元気で」
え……という驚愕の表情をするシェイナを見やり、僕はドヤ顔を向けたんだ。誰にも言ってないのにどうして、という顔をまだ保っていた。珍しい。こんなに切り替えの早いシェイナが固まったままだ。
ギルド最後だからもう隠しても意味は無いし、無為にバラすつもりもないけれどね。
「ほうとにもう……アレクには驚かされてばかりだわ」
心底呆れた声も甘いんだよなぁ。なんとかしてよ。
「もしかして私の立場も知っているのかしら?」
「イエ、公爵家とか槍がお得意だとか、ぜんぜん知りませんよ?
ほんとです。お付がギルド内に2人居て、外に4人とかも知りませんし」
大真面目に首と手を横に振っておいた。シェイナは口をパクパクとして声にならない声を発している。
彼女は自分のできる範囲で僕に歩み寄ろうとしてくれた。だから僕は彼女の秘密を知っていることを開示しておく。それくらいの能力はあるんだって、巻き込まれても跳ね返すだけの力を持っているんだって、知っておいて欲しかったから。
シェイナは僕に数々の手助けをしてくれた。なら彼女がこの先、困ったことになるのなら、僕は彼女の力になろう。そう思ったんだ。
おもむろに僕は鞄から包装された南京錠と鍵を取り出す。
「はい、コレ僕のお店の商品第1号。シェイナにあげる。ギルドの卒業祝いだよ。僕を今までずっと助けてきてくれてありがとう」
僕はさっきまでの慇懃な態度をポイっと捨てて、シェイナにプレゼントを渡した。たぶんこっちの口調の方が喜ばれると思って。
なんでもこなせて当たり前の貴族社会で、失敗が許されない貴族社会で生きてきた彼女にとって、ギルドはきっと刺激的な経験だっただろう。
「じゃあね、シェイナ。困ったことがあったら、『キーセレクト・アレク』にご相談を」
ドアを出る時、シェイナの頬に伝う一筋の雫を僕は見なかったことにしておいた。
シェイナに良い未来が訪れるといいね。お勤めお疲れ様でした。




