ep02
「アレクっ、行くよ!」
目の前の姉に目を向ける。走り出す瞬間の横顔はあっという間に後頭部に切り替わり、ポニーテールの頭がすぐさま遠ざかって行った。
僕は慌てて追いかける。今は昼下がり。農作業を終えて、母親が用意してくれたお弁当を楽しみに走り出した。
田んぼのあぜ道を走り、一本の木がある小山で昼食を摂るのが僕達の習慣だ。村の子供達がちらほらと集まり始める。誰かが木に近づくとそれが合図となってわらわらと集まり出すのが最近のルーティーンだ。子供達の手伝いはだいたい午前中で終わるから、この後が遊びの時間で、この時をみんな心待ちしている。
最近の流行りは冒険者ごっこだ。木の棒を振り回し、モンスターと対峙する。専らモンスター役はこの僕である。
今日も今日とて、モンスターの大役を仰せつかったから迫真の演技を心掛けよう。うーん。何がいいかな? ゴブリンもいいけど貶されるのが嫌だからなぁ。よしっ、コボルトで行こう。
設定を話し合ってモンスター役の3人でコボルトアーチャー、コボルトメイジ、コボルトリーダーの役を演じる。対する冒険者パーティーは姉のミーナが勇者(笑)、戦士、僧侶、魔法使いという安定したパーティー(笑)だ。
アーチャーとメイジが予定通り倒され、死んだフリをしながら細目で事態を、笑いを堪えながら見ている。姉の勇者(笑)の攻撃を掻い潜り、戦士の前に躍り出たコボルトリーダーたる僕はワザと隙を与える。
「ナカマノカタキ」
カタコトのセリフを吐き出しながら両手を広げ膝をつく。戦士役の男の子、ジャンが噴き出すのを我慢して木の棒をゆっくり振り下ろして僕の頭にコトリと置いた。
衝撃が走った。まるで電気ショックを受けたようにビクリと体が跳ねる。
そして僕は、いや私は全てを思い出した。閉じ込めていた記憶の奔流が脳を、カラダを駆け巡る。時間にしてコンマ1秒。
「私はいったい……」
何をしていたんだ、と言いかけたところで子供達が反応した。
「アレク、「私」なんて、女の言葉使ってどうしたんだよ」
「大丈夫? 頭怪我したんじゃない?」
「オレ、そんな強く叩いてないぞっ」
あ、やばい、と思ったから演技を続けよう。実はスキル【鍵】の効果で5歳のいつかの時点で思い出すように記憶を施錠していたのだ。トリガーは「頭を他人が触れる」。
「フハハハ。冒険者達よ! 私の目覚めを助けてくれてありがとう。我の名は魔王アレくん。さぁ僕と勝負しよう」
思いっきりわかりやすく巫山戯てみたから、「私」と言った私の、いや、僕の失言をみんなは演技と思ってくれただろう。気をつけないと。5歳まで過ごしたアレクは自分を「僕」と表現するのだから。記憶を思い出してもとかく違和感はない。今までの5年間の記憶もちゃんとある。
多重人格のように入れ替わったみたいなことも無く、ほっと息を吐いた。子供達も僕の言葉を聞いて爆笑していたから、なんとか誤魔化せたかな。
帰り道、過去5年間の記憶を探って、スキルについて考えてみた。どうやら12歳でスキル継承という儀式を強制的に受けさせられるようだ。みんなは「受けさせられる」なんて思ってないようで、当たり前のように受け止めている。
それで将来の方向性が決められてしまうのだ。この世界の人は12歳までにスキルは持ち合わせていないらしく、僕が異常なのだ。アレクに負担をかける訳には行かないから、記憶を施錠しておいて良かった。うっかり口を滑らせて危険に晒させたくはないから。
人々はスキル継承で人生が変化する異常事態を当たり前と思っている。この世界の法則、原理が人の可能性を狭めていることに誰一人気付いていないのだ。恐ろしい世界だ。人の無限の可能性を踏みにじるこのシステムを一体誰が管理しているのだろう。
そんな事を考えながら帰路に着くと、姉は心配そうに僕の顔を覗き込んで言った。
「アレク……何があったの?」
僕の心臓はドクドクといつもより早く鳴り響いていた。