No.9
「完了報告ですね、お疲れ様でした。アレクセイさん」
シェイナの窓口で僕は癒されている。この甘い声を聴くと本当に心が洗われるようだ。何かしらのアルファ波でも発していらっしゃるんだろうか?
「どうしたんです? なにか悩み事ですか?」
僕のような子供相手にもちゃんとした対応を心掛けている辺り、本当にプロ意識が高い。ちょっと困らせてみようと思った。悪戯心がムクムクと顔を出す。
「最近、姉に会えてなくて……元気にしているといいんですけれど」
寂しさ全開の震える声で、上目遣いに瞬きをする。目から涙が1粒だけ零れた。果たして家族関係の薄い貴族の間でお育ちの女神様はどんな反応をするのだろう? するとシェイナ(偽名)はカウンターを出て、僕の手を引いた。
裏に連れていかれる。そして僕をゆっくりと抱きしめてくれた。一瞬で我に返る。罪悪感が湧き起こる前に彼女は僕に1つの資料を見せてくれた。小首を傾げて目を上げると、シェイナは説明してくれる。そこには姉に関する情報が載せられていた。どうやら姉が自分の近況をギルドに寄せていたらしい。
適わないなと思った。姉にもシェイナにも。やられた感が半端ない。涙も一瞬で引いたさー。ちょっと困らせようと思っただけなのに完敗だ。何この罰ゲーム。罪悪感を感じる前に完全な敗北感が僕を痛めつけた。
「落ち着いたら、依頼達成の報酬のお話をしましょうか」
幾分堅い物言いに聞こえるかもしれないが、声が甘すぎるせいで彼女の職務はほとんどクレームが無い。そしてこの気配りである。
「依頼主からの報酬がこちらですね。それと……こちらがギルドからの成功報酬です。それとこちらがギルド長からのボーナスです」
は? ボーナス? 聞いてないけど。
シェイナは困った顔を少しだけ向けて、切り替えた。
「ギルド長は今回、冒険者さん達が失敗続きだったのをかなり気にしていたそうなんですよ。ギルド長個人の財布から出ていますから、気にせず収めてください」
はぁ、と気のない返事をする僕にシェイナはクスリと口端を上げた。
「アレクセイさん。本当に元気ないですね。依頼主の所で何かありました? 相談に乗りますよ?」
意外な申し出だった。ギルドは基本、冒険者の私生活に関与しない。結構ドライなのだ。職務中の優しさに当てられて僕のように勘違いする者も多いのだが、いいのだろうか?
「内緒ですよ?」
女神のクセに悪魔の囁きとか! どんな小悪魔だよ! ここにいると僕はダメ人間まっしぐらだ。抗えない誘惑と無駄に戦う。
「いえ、ぼ、僕はまだ死にたくないので、だ、大丈夫です!」
「どういう意味!?」
ガーンという効果音が付きそうな表情の彼女を見るのは初めてだった。こんな顔もするのかぁ。役得いぇい。僕は慌てて周囲を確認した。お付の人達の気配はこの部屋には無くてほっとする。
「アレクセイさん。凄い認識の齟齬というか、誤解が生じていると言いますか……私をなんだと思ってるんです?」
悲しげな表情の彼女には申し訳ないが、お前公爵令嬢だろうが!!認識の齟齬はあるでしょ! 誤解じゃねぇわ! お付の人達にボコられるんだぞ! 部下の管理してくれよ! 言えないことを心で叫ぶ。
「お姉さんに言い寄ると、みんな大人しくさせられるって……冒険者の先輩が言ってたから。顔に大きなアザができるって……ひぃ」
シェイナは愕然と僕の話を聞いていたが、思い当たることがあるのか、最後には静かに笑った。イケナイスイッチを押してしまったようだ。どうしようタスケテ。
「アレクセイさん。いいですか? あなたの身の安全は私が保証しますから。今日は夕食ご一緒しましょ。ね?」
「ハイ」
僕はロボットのように返事ヲシタ。
「それで依頼主のサリアラーラさんと何があったんです?」
夕食の席で彼女の名前を聞いた僕は苦虫を噛み潰したような顔をしていた事だろう。




