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お久しぶりです。
じめじめした通路を歩くこと1刻、3度目のホブゴブリンの群れの襲撃を撃破してからというもの、魔物の姿は鳴りを潜めたかに見えた。
だけど、嫌な予感は拭えない。
城塞地下の中心部へ近づく毎に、異臭と空気の汚れのような違和感が強まったような気がする。
歩を進める度に足元の苔がうにっと沈んでいく感覚が実に気持ち悪い。苔に含んだ水分がクチャっと音を立てブーツの靴底から外へ。
油断していたわけではない。
警戒を怠っていたわけでもない。
だけどそいつの罠に全員が足を止めた。
状態:麻痺
全員が動けなくなる。
僕はすぐさま状態解錠を全員に掛けた。
相手の姿は見えない。
だけど、明確な悪意と足止めの罠はひしひしと感じた。
「先に何かいるな……」
赤髪はボソリと呟いたけれど、それはみんなの総意でもある。わかりきっている感想だけれども、敢えて突っ込むのも可愛そうだから頷きだけ返しておいた。
先頭を行く【漆黒の翅】の面々が緊張の面持ちで鞘に手を掛け始める。一気に警戒レベルが上がった。僕の肩にいる妖精リンカーラがふわりと相方リリアリーリの元へ戻る。彼女の顔は真剣さと幾ばくかの怯えを含んでいるように見えた。
……まさかね。
「アレクさん……今のな」
恐る恐る精霊しゃぼんが僕の顔の横に飛んできて話しかけてくる。目だけをそちらに向けて続きを促すと彼女は続けた。
「【麻痺】やけど、前見たのと同じ感じがせぇへん?」
ズバリ核心に迫る発言に僕も同意見だと示すために、少し瞬きをした。
「多分、同じだろうね」
流石は精霊、魔力に絡む事は本当に得意なんだろうね。そしてリンカーラの怯えは、相手がどんな類のものかを如実に示しているんじゃないだろうか。
「ゲルト、僕が前を行く」
そう言うと、赤髪は幾分思考を巡らせた後、すぐに【漆黒の翅】に先頭を僕に譲るように指示し、僕の隣を歩く。何かあったときに体を張ってくれそうな気配がするけれど、【漆黒の翅】の方が安心感があるんだけどなぁ、なんて失礼なことを思った僕をどうか許してね。友達っていいね。
地下の広場に着いた。
そして意外な人影を見つける。人間。
予測とは裏腹に、待ち構えていたのはギランテッサの軍服を着ている兵士だった。短めの茶髪に青い切れ長の目をした男。だけど中性的で、どこにでもいるような男とも女とも言える不思議な雰囲気だ。
「おや、どちら様でしょうか? ここは立入禁止の布告のある場所ですが」
違和感を全員が抱いた。なぜ丁寧な口調なんだ? どうして自領の軍人、兵士が、他領の武装集団を見てヘラヘラしていられる?
疑問はもちろんすぐに解ける。
魔族:アングルメール
お前か。
まさか、こんなところで出くわすとはね。灰色ではないから、騙される者は多いんじゃないかな。こうしていくつもの城塞地下の宝物庫へ侵入して罠を張り続けているのだろうか?
厄介な相手だ。もしかして、変身能力でもあるのだろうか? 真の姿とかどんなだろう? 疑問は尽きないけれど、こうして悪事を繰り返すこの魔族を頬って置く訳にはいかない。僕はノータイムで行動施錠を魔族に掛けた。
「……っ!?」
「裏でコソコソ動いているようだけど、何が目的なのかな?」
動けない相手にも警戒は解けない。なぜなら禍々しい気配がずっと彼の周りから漂っているからね……。
「ゲルト下がって!! 騎士長!!」
振り返らず僕は叫んだ。後ろでキーンとかシャーンとか多重の音が響いて、マジックシールドとバリアが同時展開されたのを耳で捉える。クバイトさんのスキルが、僕への返事の代わりにすぐに起動。ゲルトもその中に入れたようだった。気配が消えたから、感覚的なものだけど、間違いないと思う。視線を外す訳にはいかない。
眼の前の魔族は間違いなく強力な存在だ。
彼一人でも王国は滅ぶんじゃないのか?
だらだらと嫌な汗が額から頬へ落ちていく。行動施錠しているというのに、かの者は涼しげにこちらを見ていた。
そして。
「恐ろしい技をお持ちですね。もしや貴方が【勇者】ですか?」
何事もなかったかのように動き出した。施錠を解かれたのは初めてだ。【鍵】の力を上回る者がいるなんて思ってもみなかった。そういうこともあるんだね……。
【鍵】が僕を冷静にさせるから、驚きもつかの間。
「質問に質問を返すなんて全く失礼な方だね。人様の世情には詳しくないとお見受けするよ。そういう貴方は【魔王】か何か?」
ピクリと眉が動く。【魔王】なんて存在がいるのかあるのか知らないけれど、反応は得られたから、その類の何かではあるはずだ。【魔王】がコソコソ人間の宝物庫で仕掛けをしていくなんて思えはしないのだけれどね。
僕たちの会話は全く進まない。相手の質問に答えずに知りたいことを聞くから。魔族もそれを感じたようで、一旦質問を止めたようだ。
「一つだけ言っておくけれど、僕達は【勇者】ではないよ」
「そうですか。ではわたしからもお答えしましょう。わたしは【魔王】ではない」
「へぇ、『魔王様』って敬う感じでもないんだ?」
「……」
【魔王】ではない、と言った時の彼の顔は少し歪んで見えた。その言葉や存在を心底嫌っているような、そんな感じがする。魔族も一筋縄ではいかないのだろうか。僕の返事にも眉を上げていた。
力が全てで魔族を支配する強大な王という僕のイメージは少し違うのかもしれない。脳筋族な感じでもない? 眼の前の相手は策を弄する魔族だから、やっぱり僕のイメージとは乖離しているんだろうね。
妖精の秘境で会った魔族も犯罪者として縛られていたって言うし、法もしっかりした世界があるのだろう。人間とそんなに変わらない社会が形成されているのならば、ルクセン王国はもはや風前の灯火なんじゃないだろうか?
いや、でも【魔王】を敬わない魔族もいる。一致団結していないことの証明でもあるのでは?
そんな思考を巡らしたところで、アングルメールの口は動いた。
詠唱施錠。
「くっ……厄介な!!」
呪文を唱えている傍から速攻でキャンセルを施す。でも魔族は止まらなかった。
無詠唱で呪いを放ってくる。強力な麻痺毒が僕を襲うはずだった。
「なっ!?」
なんとなくだよ? いや、やらなくても良かったんだけどね? こうなんというか、止めたよって感じが伝わってほしいじゃない?
だから手を前に出してね、手のひらを相手に向けた感じ?
うん。
アングルメールも、僕が呪いを受けなかったことを悟ったようだ。だけどイタチゴッコ感が否めない。お互いの技が効かない感じがするんだよね。世間は広いということか。【鍵】最強説が崩れたね。いよいよ僕も自身の強化を怠っている場合ではないのかもしれないね。
後悔先に立たず。とはよく言ったものだよ。
でも背中の彼らを巻き込むわけに行かないから、なんとか状況を打破したい。どうすればいい?
転移でどこかに連れて行くか?
だけど、彼に登録は叶わなかった。ことごとくスキルキャンセルが働いている。向こうの技もこちらの技も。
いったい何者なんだろう?
僕は徐に弓を射る構えを取った。
「【爆ぜる矢】」
だったら【魔弓士】のスキルならどうだろう? 見えない弓弦に引っ張られるように、顕現した煌めく弓がしなり、右手から放たれる魔法の矢は、ジャイロ回転しながら高速でアングルメールを襲う。
驚いた魔族は魔法障壁をすぐに展開して矢の軌道から自身を守る。展開されたシールドは【爆ぜる矢】によって破壊され、貫通していく。だけど、インパクトの瞬間にアングルメールは体を間一髪で反らせることに成功していた。
お互い歯ぎしりするかのように、力が入る。
今度はアングルメールが無詠唱で魔法を繰り出してきた。
そうか、状態確認していても、無詠唱なら止めにくいね。何やってるかなんて確認できない。この魔法はどう対処すべきだろう?
でもかの魔法は霧散した。
サリアラーラのバリアが僕を包んだから。
彼女得意の魔法陣による障壁が僕の足元で明滅していたからよくわかる。苦虫を噛み潰したような魔族の顔がはっきり見えた。
たぶん右後ろにいるはずの彼女へ向けて、右手の親指を立てておいた。ありがとサリア。
少しも気が抜けない場面だけど。僕は一人で戦っているわけではないのだと、改めて気付かされた。【鍵】の強さだけではなく、僕には仲間がいる。守らなければいけないと思っていた仲間から確かに守られている。
温かいね。
戦闘中に感じるものでもない感情が僕を大いに強めてくれる。
僕たちの攻撃が始まった。
お読みいただきありがとうございました。




