No.8
今は昼下がり。
王都の東にある森に来ている。
新調したブロードソードを背に意気揚々と奥へ奥へ進んでいるところだ。ポーター時代、といっても冒険者の仕事の初回のみだけど、その時に得た収入で、購入したこの長剣を僕はかなり気に入っている。
ただの鉄剣だよ。
ブロードソード
鉄の長剣
耐久性:施錠中
これだけ。普通でしょ? フフフ。耐久性に施錠って脆いってことだろ? チッチッチッ。違うんです。耐久性という概念を施錠してるんだ~。
つまり壊れない。
つまりそういうこと。
ギルド紹介の武器屋さんを訪ねたら、選択肢の中に辛うじて入っていたこの長剣に一目惚れしたんだ~。武器屋のおっちゃんが心配そうにしてたけど、あまりの熱の込めように押されたみたいだ。
革の鎧にブロードソード。駆け出し冒険者にぴったりの装備に僕は随分浮かれているようだ。知り合いの冒険者パーティーによくからかわれたものだけどお構い無し。革の鎧にも同じものを施してるよ。最早当たり前だけど。
ザシュッ。
なぜ森に来ているのかと言うと、指名依頼がきたからだ。と言っても冒険者じゃなく、鍵屋の方で。
なんでも、森に住む魔女のお宅の"扉を開けてくれ"という依頼をギルドが紹介してくれたんだ。小さい声で「魔法の扉らしいですよ」と教えてくれたのが受付嬢のミランダさん。どうやら何人もの冒険者達が赴いて物理や魔法で開けようとしたものの開けられなかった案件らしい。
盗賊、海賊、武闘家、剣士、魔法使いなどなどあらゆる職業の人達が報酬の多さに目が眩んでチャレンジしたらしい。尽く失敗に終わって、魔女もギルドもガッカリしていたんだ。そこでようやくミランダさんが僕の仕事の話を思い出した。ギルド長に話すと瞬く間に今回の指名依頼が決まったとか。"鍵でお困りですか"の売り文句がここへ来て初めて日の目を見ることに。
鍵屋始まって以来の初仕事。誰も開けられなかった鍵を開ける。楽しみだ。かつての技術と今生のスキルで魔法の扉を開けることが出来るのか!?
ガサガサ……スパッ。
愛用(まだ新品)のブロードソードと初仕事でワクワクしている。魔女の森ってなんか雰囲気出るよね。いいと思います。
キン……ズブ。
今回の依頼はギルドからも追加報酬が出るんだって! なんかそんなんばっかりのような気が。まぁ、いいか。貰えるもん貰っとこう。
森へ来て何度目かのゴブリンの強襲を全て【鍵】スキルでやり過ごす。行動制限を掛けてからブロードソードでラストを飾るのがマイブームだ。
ミノタウロスの時のように目を施錠してからが一番馴染んでいるやり方だけど、いろいろ試していこう。
おもむろに紙を取り出して、大雑把な地図を取り出した。ミランダがくれた絵心皆無の斬新なデザイン地図。しかし、注釈が細かい。むしろこの注釈だけでよくね? というクオリティだ。ギャップ萌えか何かか……うん、わからん。
"一旦森を抜けたような感覚になる場所があるよ。そこが第1ポイントになるからよくよく注意が必要! 大きな岩があるから、それを必ず左側から通ること"
などと要所要所の大事な部分を鮮明に記してくれている。岩が適当な丸で表現されているのが玉に瑕だ。"ココ重要"みたいな箇所にも矢印で注意を引くように書かれている。頭の中を覗いて見たくなるレベルで賢い。絵以外は満点だ。
そんな有難い地図を片手に僕はついに蔦のびっしりこびりついた異様な1軒の小屋へと辿り着いた。
「こんにちは~!!」
僕は期待を胸に、大声で挨拶した。中からドンガラガッシャーンというコントのような物音がしている。
バンッ!!
小屋のドアが勢いよく開けられる。
「ビックリしたでしょーが!!」
出てきたのは黒のとんがり帽子を若干ズレた被り方をした少女だった。濃い紫の髪がストレート。眼の色は髪の色より薄い藤色。綺麗な顔だちの美少女だったが、頬には塗料が何種類か付いていた。服も黒のローブがきまっているのかと思いきや、頬と同じく塗料で残念に仕上がっている。
「まいど、鍵屋のアレクセイです。この度は当社へのご依頼、誠にありがとうございます」
怒っている人をあまり刺激しないように、ものすごく丁寧かつ、低姿勢、最短の用件で挨拶をカマした。案の定、顔汚れ美少女は虚をつかれた様に当初の勢いを失わせる。
「今は忙しい所だったんですね? 突然の来訪失礼致しました。では日を改めて伺います」
まずは非礼を詫びてあっさりと引く。先制のジャブ。でも依頼者あんただよね? という顔はおくびにも出さない。一応伺いました。というポーズを取っておくのが重要だ。
「あ、いや、いいのよ。じゃぁ、早速……って、ええ!! ちょっと待って! お願いだから戻ってきて!」
スタスタと踵を返して歩いていたら呼び止められて腕を掴まれて家に入れられてテーブルに着くように促される。
「はぁ、もうなんなのよ。無駄な体力使わせないでよ」
何度もため息を吐いた目の前の美少女はだいぶお疲れのようだ。依頼の件を切り出そうとすると、少女は僕の意図を遮って立ち上がった。目の前に用意されたグラスにお茶を入れてくれる。
「とりあえず、どうぞ」
「ありがとうございます、頂きます」
すすっと出されたお茶に愛好を崩しながら丁寧に受け取って飲んでみる。爽やかな風が吹いたような感覚に襲われた。
「……美味しい」
自然と出た感想だった。目の前の顔汚れ美少女の事を少しだけ見直した。やるなお主。利休も真っ青になるんじゃないか? そんな感想を抱いたが、口にしたところで通じるわけもないので黙っておいた。何度もちびちび飲んでは蕩けるような顔をしていたのがいけなかったのかもしれない。
「お口に合ったようね」
うふふ。そんな音が聞こえる様な気がした。しまった。ここは魔女の家だった。だんだんと眠くなってくる。
「おいコラっ!! 寝るなァァァ!」
そう思っていると件の魔女から起こされた。罠ではなかったらしい。怒った声も可愛いらしかった。とりあえず謝っておこう。
「あ、すみません。あまりに美味しくて」
なんとか誤魔化されてくれるといい。そんな事を考えているとまたまたため息を盛大に吐かれた。それで許してくれるらしい。どうやら話をする気になってくれたようだ。
「じゃぁ、早速なんだけどこっちへ来てくれる?」
案内された部屋には1つのクローゼットだけが置いてあった。窓が1つ。それだけ。生活感のない殺風景な部屋だ。
「このクローゼットを開けて欲しいのよ。手段は問わない。時間は日の入りまで。今日が無理なら明日の日の入りまでで構わないわ」
「わかりました。因みに開いた場合の条件とかありますか? 勝手に見るなとか、開ける時は一緒にとか、開ける時は部屋を出ていけとかの」
思わぬことを言われた、という顔をした。多分開けれないのが当たり前になっているんだろう。僕にも、彼女から開けられないのだろうという諦めが感じ取れたんだ。
「そうね……開けられそうなら私が開けたい。でも一緒にいてもいいのよ。興味があればね」
おや? と思った。プライバシーはいいのだろうか? だがますます気になってきた。何が入っているんだろう。だけど僕の職業意識が警報を鳴らす。
「いえ、それだけ分かれば結構ですよ。開けられるなら出ていきます。サインは欲しいので、手を掛けて開けられそうなら先にサインください。それでお暇しますから」
「わかったわ。じゃぁ、いつから始める?」
僕はそれに答えずにクローゼットに意識を向ける。先ずは小手調べだ。かつての技術が通用するか道具を腰袋から取り出す。触った瞬間に電気ショックが襲った。
「っつぅ……」
クローゼット
状態:結界
解除条件:術者のみ
術者:サリアラーラ
僕は怒りを抑えるのに必死だった。彼女の目の前に依頼完了のサインを促すように紙を突き付ける。
彼女は"まさか"という顔をしてサインを書きなぐる。僕は奪うように受け取ると、乱雑に胸のポケットに紙をしまって、部屋を出た。彼女の顔は喜びに満ちていた。僕の様子に慌てふためく。クローゼットと僕を何度も見比べていた。そしてカチャリという音がする頃には僕は走り出していた。




