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応接室のローテーブルを挟んで、対面に座る僕と、男女の二人。
揃って見るのは初めてだね。
闇組織【獅子の咆哮】首領のシーダーと裏組織【怠惰の蛇】リーダーのジャンヌが正規の手順で僕の屋敷へやってきた。手紙を受け取ってから2日後だ。即日でも良かったんだけれど、執事長曰く、日を開けるのが通説なんだって。めんどくさい。
玄関に通された彼らは応接室に入るとすぐに、僕の姿を捉えて跪いた。これが嫌なんだけどなぁ、なんて思うんだけれど。しきたりとかなんとかあるから今は我慢だ。彼ら二人は貴族に対する応じ方を心得ているのか、しれっとしている。
儀礼を終えて、お互いにソファーに座ったけれど、僕の着席が先らしい。
「じゃ、今から僕に貴族として接したら不敬罪ね」
「「……え」」
どこまで本気かわからない様子だったけれど、二人は一瞬だけアイコンタクトをとるとソファーに深々と座ることにしたらしい。いいよいいよ。それでこそ組織の代表だね。
「ふたりとも久しぶりだね。元気にしてた?」
「まぁな」
「ええ、おかげさまでね」
やはりこれくらいでは動じないのが清々しい。
組織のトップがこうして貴族を訪問することなどあるのだろうか? いや、現公爵と懇意にしているシーダーは慣れたものなのだろう。ジャンヌはどうなんだろうね。初めてだとしても動揺しそうにない。
僕の後ろにはゲルトレイルとその少し後ろにヨンザが立っている。ドア付近にはクバイトさんだ。目の前に男女の後ろにはそれぞれ2人づつ立っている。スキルやジョブはない。
「この手紙によると、僕に提案があるってことだけど……」
封筒のまま、テーブルに予め置いていた手紙を右手で少し持ち上げて、差出人のジャンヌへ意を問う。
なんでこの場にシーダーがいるのかさっぱりわからないけれど、この後用事でもあるのかまたは同じ要件なのか。話を進めないといけない。
「ええ、アレクセイの考え方次第で、こちらの提案の質や内容が変わる類のものなのよ。だから手紙でははっきりと書くことは出来なかった。まず聞いておきたいのだけれどね」
ジャンヌは人を喰ったような上から目線の話し方が得意と思ったのだけれど、今回はかなり慎重に言葉を選んでいるようだった。僕の出方次第……。
「うん」
「【怠惰の蛇】を抱き込むつもりはないかしら?」
シーダー以外の全員が驚き顔をした。後ろにいた従者たちでさえ。僕も例外ではない。
「はい?」
「要するに、マグニアス名誉伯爵の傘下に【怠惰の蛇】を入れるつもりはないかしら?」
「【怠惰の蛇】のメリットは?」
「もちろん動きやすくなるのがそれね」
なるほど。影でコソコソ動き回るのは得意だけれど、公の場でも動きやすい環境を欲していると見ていいのかな?
「知っていると思うけど、名誉伯爵なんて肩書だけで、何の権限もないよ?」
逆にそれが好都合なんだという。名誉伯爵子飼いの組織として名前を持っていれば、他の公爵家や王族でさえ横槍を挟めない動きが可能なのだとか。それはアレだね、僕が王族の命令を受けなくても済む名誉伯爵であることと大きな関係がある。
「デメリットは?」
「資金の調達かしらね。俸禄を貰えるわけではないのよね? 名誉貴族って」
「そうだね」
お給料無いんだよねぇ。まぁ国のために働かないし、領地になにか貢献しているわけでもない今の状況なら当然ではある。でも、魔物掃討戦の特別10人隊の働きは正当に、いや、過剰に評価してもらったから報酬もらえたんだけれどね。
「だから今までどおり活動しながら、貴方のお墨付きが欲しいということよ」
「なるほど」
「僕のメリットは?」
「情報の入手速度ね」
【怠惰の蛇】は王都で活動していた【獅子の咆哮】よりも手広く活動していて、マサテュール城塞内外にも味方がたくさんいるし、各領地に伝や潜伏している者たちさえいる。その情報がかなり早い段階で手に入るというのだ。
でもなぁ、僕にその情報が果たして必要なんだろうかねぇ。いずれ必要なのはなんとなく分かる。僕もクグモに忍者を勧めたくらいだ。その大切さを知っている。
「じゃ、僕のデメリットは?」
「組織が大きくなれば管理や把握、維持が大変ね」
なんとなく大変さを押し付けようとしているような気がしないでもない。だけどそんな無責任な人間ではないことは、これまでの仕事ぶりからも明らかだ。僕たちは睨み合ってからお互いに笑った。
「具体的にはどうするの?」
「それはアレクセイがこの話を受けるか受けないかで決まるわね。今の段階で話すべきことはこれ以上はないわ」
「わかった。じゃ傘下に入って」
これまた全員があっけにとられていた。ジャンヌさえも。意趣返し成功だね。
「ただし、【怠惰の蛇】の組織の全体像がつかめないから、末端にいる者たちのことまでは面倒見れないよ? 【獅子の咆哮】と合併でもする? そして【怠惰の蛇】のよりすぐりだけこっちに来るとかどう?」
僕がそう言うと、シーダーとジャンヌはまたお互いを見てからこちらに向き直った。しばらく黙っていたシーダーが後を引き継ぐ。
「まさにその提案をしようとしていたところだ。驚きすぎて言葉も出んよ。ただ一部訂正させてもらいたいんだが、ウチからも人を入れたい」
「なんか形だけ整っていくんだけれど、大丈夫かな……」
不安を口にすると、ジャンヌが自信に満ちた顔をした。
「新たな組織はわたしが見るから安心していいわよ。それと、活動資金も【獅子の咆哮】と【怠惰の蛇】が工面するから心配いらないわ」
スポンサーみたいなもんかな? そのものか。その上組織を直接指揮しないでいいなら、いったい彼らは僕に何してほしいのかってことだけど。つまりお墨付きをくれってことでいいんだよね?
「いや【獅子の咆哮】や【怠惰の蛇】がお墨付きをもらう分にはありがたい話だけれど、今回の新組織は名誉伯爵の意のままに動く組織だよ。将来を見据えてのね。アレクセイ次第だけど、例えば土地を授かればその経営をする必要が出てくるだろう? その時のための準備がいるってわけさ。わたしたちは貴方の領地の最初の人間に成りたいってわけ」
そんな事考えてたんだねぇ、恐ろし。
先を見据えての行動としては投資が過ぎるんじゃない? 僕に期待を寄せても失望に終わると思うけれど。
ノックの音で全員がドアを見つめたら、メイド服に身を包んだジョアンサがカートを押して入ってきた。テーブルにお茶が差し出される。一呼吸入れたかったところだから、タイミングがいいなと思ったら、クバイトさんが満足そうに2回頷いていた。はにかむジョアンサは準備を終えてきれいな礼をして出ていった。
「この話は先の話になるから、次の提案にいっていいかい? 実はこっちが本命ではあるのよ、今回の訪問のね」
「まぁ、いきなり新組織スタートなんて無理か」
どうやらまだあるらしい。ティーカップを手にしたまま僕は先を促す。
「今後の城塞地下へのアタックよ。手紙に書いたと思うけれど」
「うん、そう書いてたね」
実は【怠惰の蛇】から魔物掃討戦へ向かった者たちが多くいて、案内できるという事らしい。わざわざ公爵家の許可を取らなくても、大関所から地下へ降りさえすれば、城塞地下へ行けるんじゃないかと言うのが彼女の言だ。掃討戦で周りをくまなく調査した彼らは、その後閉鎖された地下通路を入るわけにはいかなかったが、城塞と大関所がつながっていることは掴めたという。
「お手柄だね、助かるよ。それだけでも金貨の価値がある」
「フフ、その子たちが加わるのよ、貴方の部下にね。素敵だと思わないかしら?」
なるほど、細かいことはわからないけれど、いいお話なのはわかったよ。
「それでね、提案というのは」
案内役を付けるだけではなく、同行者として何人か連れて行って欲しいということみたいだ。僕の動きも知っておきたいし、世情を探るのもしておきたいと。欲張りなことだよねぇ。
「僕の秘密をいろいろと嗅ぎ回るのは得をしないよ?」
一応彼ら6人全員を行動施錠してから出した声は一段と低いものだった。脅すつもりはなかったんだけれど。負の感情が部屋全体を包んで、部屋の皆が顔を青ざめさせている。やばっ、抑えないと……。行動解錠。
「そんなつもりは一切無い! 信頼できる者しか動向を頼まないし、アレクセイの味方になりたいのであって、敵に成りうることはしない……誓おう」
「わかったよ」
シーダーはハンカチで頭やら顔やらを慌てて拭き始め、ジャンヌは小さく首を振った。
「シーダーはどうするの? 何人か一緒に行く?」
「こいつらだ」
闇組織のドンは親指で後ろに立っている者たちを指した。
素質はありそうだね……。『はい』って意識すれば、彼らにも施されるのだろう。【鍵】に認められた者たちをよくもまぁピンポイントで連れて来れるね。共通点でもあるのかな? 勘か?
立っている4人にもスキルやジョブが渡せる状態だった。だけど、はいそうですかと渡していいものでもないし。悩ましいところだよ。足をひっぱるのわかった状態で連れて行く余裕もないし。
ギランテッサ城塞地下侵入のメンバーを決めて、会合はお開きになった。
お読みいただきありがとうございました。




