No.6
やばいやばいやばい。
聖女が腰を抜かしている。
ポーターが怯えている。
監視員が腰の剣を取り出して構えているが、流れている汗が尋常ではない。戦闘は彼に縋るしかないのだが。
おっちゃん! 何が至高の聖女だよ! 言っても詮無いが、僕は門番のおっちゃんを心の中で罵倒した。勿論、過剰評価された聖女に罪はない。ガッカリしたけど。
前方からゆっくりゆっくり近づいてくるのは、3体のミノタウロス。片手に大きな斧を握っている。
人間、パニックになると思考が単純になるのか、停止するのかわからないが、僕は鑑定眼でミノタウロスの1体を凝視していた。突破口を見つけるために。無情にも僕達の滅びの時は刻々とミノタウロスの足幅で刻まれていく。
先頭にたって壁になっている監視員はかなりの実力のようで、3体のミノタウロスのヘイトを上手に自分に向けている。だけど、それでも分が悪い。徐々に傷が増え、苦悶の表情になっていく。
「アーノルドさんっ!?」
「逃げろ!! 早く!!」
ギルド監視員の名を呼び、近づこうとしたところですぐさま本人に止められる。むしろ僕達が逃げるための立ち回りをまだ続けていた。焦りが全身を硬くさせる。僕はもう一人のポーターに向けて叫んだ。
「聖女さんと逃げろ!」
もう迷ってはいられなかった。駆けつけた時には1体目のミノタウロスが倒れ、2体目のミノタウロスの左の拳がアーノルドを打ち抜くところだった。監視員は吹き飛ばされて仰向けに倒れる。
ミノタウロスが2体同時にこちらを睨みつけてきた。身を竦めている暇もなく、僕はミノタウロスの目を施錠する。
そして、突然目が見えなくなった牛顔2体は狂乱状態になった。その隙にアーノルドへと駆け寄る。
「アーノルドさん、しっかり! 大丈夫ですか? アーノルドさん!」
薄目を開けて咳き込むとギルド監視員は立ち上がろうとする。
「あ、アレクセイ君……君も、早く逃げ……」
意識も薄いアーノルドの体重を解錠して軽くすると、いや、多分僕にかかるであろう負荷を施錠したのだろう。僕は彼を抱えて走り出した。直ぐに逃げていた2人に追いつく。【鍵】スキルの新たな使い方を発見したものの、焦りが勝ちすぎていて、この時は自分が何をしているのかほとんど意識していなかったのだ。とにかくこの場を去ることだけを考えていたんだ。
逃げざまにミノタウロスを見つめると、彼らの目は相変わらず閉じられたまま。
「リナフレアさま、アーノルドさんを癒せますか?」
まだ歯をガチガチ鳴らしながらもしっかり頷いた聖女はギルド監視員を見、落ち着きを取り戻していく。恐怖から意識が他者への癒しへ変わったのが素人目にもわかった。ミノタウロスと距離を取りながらも歩きながら、詠唱を始める。
僕は不謹慎にも詠唱中の聖女の状態を見て驚いた。詠唱を施錠することも可能だったから。やらないよ? ほんとだよ? 帰っていろいろ確認することが必要そうだ。とにかく今はバラバラになったメンバーと合流したい。
詠唱が終わり、聖女の杖から癒しの光が僕を、いや、正確には抱えたアーノルドを包み込んだ。すっかり怪我した部分が癒えている監視員だが、眠りに落ちている。癒えたのならドサリと落としてやろうかと、僕の悪戯心が疼いたが、我慢した。これ褒められる案件だと思うんだよ。そう思うよね?
しばらく歩いていたら男の怒声がこちらまで届いた。
「バカヤロォォォ!!」
全員と顔を見合わせて頷く。僕達は声のした方へと急いだ。
膝から崩れ落ちたまま動かなくなっているポーターの姿を見て僕達は息を呑む。ふと聖女と目が合ったが、彼女は静かに首を横に振って項垂れた。手遅れなのだろう。
近くまでたどり着くと、リーダーがミノタウロスの斧を振り下ろして敵を仕留めたところだった。
「……お前ら、無事だったか!」
警戒顔が喜びの顔に変わって心底安堵している様子に、僕達の張り詰めた空気も少しだけ緩む。だけど、目の前の惨状は決して笑えるものではなかった。魔道士が怪我をし、ポーター2人は絶命している。慌てて聖女は魔道士を癒すために走っていった。彼女の職業意識は本当に"至高"なのかもしれない。疑ってごめん、門番のおっちゃん!
そして、先頭にいたパラディンと女盗賊の2人が、魔道具のリュックを持って最後に合流を果たした。11人いた今回のメンバーはその数を8人へと減らす。僕の背中で監視員はまだ目を覚まさない。もう一人のポーターは少し距離を開けて怯えている。
僕は彼らに爆弾を投下した。
「この荷物、あなた達が持たなきゃ、ずっとこんな状態が続くんじゃない?」
なんでこんな依頼出したの? 子供の無邪気な質問に聞こえるように務めてわかりませんっていう顔をしながら僕は首を傾げた。
全員が驚いた顔を僕に向けたのがわかる。これは一つの賭けだった。
こんな危険な依頼だとは思ってもみなかったのだ。受付嬢たちもきっとそうだろう。ギルド自体もその辺の認識はないのかもしれない。誰でもいいなんておかしい。高ランクの人間がポーターを務めてもおかしくはないハズだ。
あるいは【鷹の爪】もこの回はまだ2回目や3回目なのかもしれない。真相がはっきりしないまま試したのかもしれない。
だけど、最初から分かっていたこともある。宝を目にした人々の変わり様、聖女の詠唱。正常な僕を見て安堵したリーダー。部屋を出た後のダンジョンの変化への反応も然り。
そして、分断された僕達と合流した時のリーダーの反応はとても、暗躍している者のそれではなかった。つまり彼らの策で嵌められたのでは無いことははっきりしたと思う。
だけど僕は聞かずにはいられなかった。こんな危険な目に遭う事がわかっているのなら、この依頼、受けなかったはずだ。例え報酬が高額でも、命を落とす危険が高いなら、今回のポーター達は誰も着いて来なかっただろう。高ランクパーティーの荷物持ちという安全保障が崩れたのだから、仕方ないのかもしれないが。ダンジョンへ入るのだから、冒険なのだから、危険は承知で自己責任なのは分かる。だけど、ギルドや【鷹の爪】はこのクエストを甘く見すぎていたのは事実だ。
リーダーは僕の目の前までやってきて、深く深く頭を下げた。
「本当に、すまない!!」
ドレクスラーの潔さにこちらが驚く。高ランク冒険者が駆け出し冒険者に頭を下げるなんてまずお目にかかれるものでは無い。
大体の僕の予想は当たっていた。どうやらダンジョンの罠で間違いない様だ。呪いの類ではないかというのが彼らの見解だ。前回はポーターを1人だけ連れていたが、裏切られて荷物諸共闇に消えたという。怖っ!?
だから今回はギルドに依頼を出し、性格に難が無い者を選んでもらうようにしていた。監視員まで付けての徹底ぶりで。万が一の時はギルドの職員に証言して貰ったリ、ポーター達の安心を買うためでもあった。それなりの出費を出していたのだと言う。
僕の考えの及ばないところで物事は大きく進んでいたのだが、【鷹の爪】にとっても予測不能の大惨事が発生中なのだ。
僕は頭の中をうるさく走り抜けていく言葉をしばらく無視して、【鷹の爪】と1つの契約を結んでダンジョンを出ることにした。
明日から予約投稿が19:00に変わります。
引き続き宜しくお願い致します。
m(_ _)m




