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今章エピローグ
「では、アレク様。これでお別れです。名残惜しいですが、帰ることにしますね!」
珍しく殊勝な態度のピンク髪のコスプレイヤーこと、ミーシア・グレイグハートが上目遣いに僕に挨拶の言葉を述べる。
「そうか……ミーシア・グレイグハート」
「はい」
僕は万感の思いを込めて深々と頭を下げた。
「ご助力に感謝します。ありがとうございました」
ミーシアは固まった。数々の無礼な言葉遣いや対応に慣れていたからかもしれない。僕の超絶紳士的な感謝の言葉を聞いていないみたいだ。
「なんてね。おつかれ!」
「軽っ……何この落差!? 風邪ひきますよ! もう!」
やっと正規の返事が返ってきたことにお互い笑い合う。
「フフ。でもほんとありがとね。色々助かったよ」
ドヌマン城塞地下、八卦神門・『疾門』において出会ったミーシア・グレイグハートの本来の存在が、僕の元へと召喚されてやって来てからというもの、僕や周りの環境は恐ろしく変わった。
もちろんパーティー【虹色の翅】と再会できているわけではないけれど、間もなくピンチが訪れるという間際まで、彼女は僕に助力してくれた。【虹色の翅】を助けるために。この場合の【虹色の翅】は僕も含まれていたんだって。意味深な言葉を彼女は残している。
引き取った7人の孤児たちは【鍵】によるスキル継承とジョブ継承を、国の儀式なしに受けることになった。しかも数種類の。もう彼らはこの世界の人間をやめたらしい。可能性の扉をこじ開けるミーシアの【鍵】の使用方法を教わり、僕の鍵のレベルが上ったのは幸運と言える。
僕のスキル授与は、元々持っているはずの能力が見えて、それを解錠するだけだったけれど、彼女の場合は、人が努力して得られる適正を「扉」としてイメージしてしまうんだそうだ。
「こちらこそ、アレク様が教えてくださった【鍵】の使用方法を実践訓練してくれたこと忘れません。わたしここで【鍵】レベル上がりました!」
ガッツポーズをしている彼女を見て、お互いの益になったことに安堵した。彼女からもらった機会は今後の僕の生き方を左右する程のものだ。あんまり想像はしたくなかったけれど、もしかしたら彼女が来なければ、この先【虹色の翅】は僕以外、魔物掃討戦で亡くなっていたのかもしれない……。彼女には感謝しても感謝しても足りないような気がする。
「あ、気になってたんだけど、最後にお願いがあるんだ」
「なんですか? 何でも言ってください!」
頼もしい返答に頬が緩む。いいのかなぁ、いいよね? リクエストしても?
「カラオケ女王の歌声を聞きたくてさ、なんか一曲お願いします」
少し身構えていたミーシアはふっと力を抜いて笑った。彼女の称号欄に「カラオケ女王」なるものがあったから、ずっと気になっていたんだよね。
「子守唄でいいですか?」
「なんでそのチョイスかはわからないけど、得意ならなんでも」
うん、と一つ頷いて、彼女は僕の知る子守唄を歌ってくれた。彼女もお察し、日本人だったんだろうね。
静かに始まった歌声はどんどん気持ちが入っていくようで、心が揺さぶられる。歌を聞いて感動することはあったけれど、涙を流したことは一度もなかった。でもどうだろう? 本当の心を込めた歌を僕は聞いたことがなかったんだろうなって思わされた。だって涙が出ちゃう、男の子でも。
歌い終わった後、ミーシア・グレイグハートはどこから出したのか、タオルハンカチを僕の顔に当ててくれた。目から滝のように何かが落ちていっているから。
「アレク様、泣いてくれるくらい喜んでくれて嬉しいですよ。本当に来てよかった」
「僕もだよ、来てくれてありがと」
彼女の歌う姿と、来てくれた想いを僕は生涯【保存】するから。
「ミーシア、最後に一つ」
「はい」
「僕たちは友達だ……」
「え!? 夫婦ではなく!?」
「驚くとこそこかぃ!?」
締らないなぁ、「だから」って続けようとしたのに、最後まで聞けよ!
「そうじゃなくて……もう『様』づけしなくていいよ。アレクって呼んで」
今度こそ彼女は口をパクパクさせた。顔も耳も真っ赤に染まっていく。そして今度はこの娘の方が号泣した。
君から受けた恩は必ずこの先の試練に打ち勝つことで返すよ。
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八卦神門・『雷門』の扉を開けたミーシア・グレイグハートは緊張をしていた。先程から心臓がバクバクと鳴っていて、破裂しそうだと真剣に思っている。祭壇までの階段を一歩一歩踏みしめる度に、アレクセイ・ヴァレントが自分にくれた言葉の数々を思い出す。
また会える。
でもまた初めから挨拶するのにも慣れたものだ。もう何回も何回も通ってきた『雷門』の主は今日も明るく出迎えてくれるのだろう。「いらっしゃいませ、キーセレクト・アレクへようこそ。はじめまして?」って言われるのだ。お店でもないのに。最初はなんの冗談かと思ったものだ。
アレクセイ・ヴァレントは八卦神門・4代目継承者を名乗る。こと【鍵】の使い方にこだわりが強く、授けてくれる【保存】の説明がおざなりなのだ。【保存】の使用方法を聞いているのに、話の9割が【鍵】の使用方法へシフトされるから、本当に【鍵】っ子なのかもしれない。
最上段にたどり着き、彼女は祭壇に鎮座する八卦神門の模様に小馴れた手付きで光の柱を生じさせた。
いつものように半透明のアレクセイ・ヴァレントの姿を捉え、彼女の気分は上昇していく。
「お、ミーシア! 久しいね」
は? と思った。なんか違う。
「はじめましては?」
咄嗟にそんな返事をしてしまった。そう言うと彼は笑った。
「いらっしゃいませ、キーセレクト・アレクへようこそ。はじめまして?」
そして『これでいい?』とまた笑う。
まさか、いやまさか。
「反応薄いなぁ、おい聞いてる? コスプレイヤー!」
「ち、違うし!!」
「アハハ、懐かしいなぁ。よく来たねミーシア」
彼女は悟った。【召喚】の大特典を。だからアレクセイ・ヴァレントはいつもいつも【召喚】されるか【召喚】するように言っていたのだ。自身が身をもって経験してきた数々のメリットを教えるために。そして記憶の更新。
最初に会った半透明のアレクセイ・ヴァレントよりも今の彼の方が若く見える。
彼女はまた泣いた。さっきから泣いてばかりだ。いつから自分はこんなに涙腺が弱くなったのか、不思議でならない。
「アレク様ぁ、嬉しいですぅ。嬉しすぎますよぉ」
「ミーシアは覚えてないの?」
「何をですかぁ!?」
「友達に『様』付けちゃだめじゃん」
「アレクさまぁ!!」
感極まって抱きつきに行ったミーシアは半透明の存在がすり抜けていくことも先刻承知の上だ。案の定スカっと手は空を切る。
ミーシア・グレイグハートは時間を見つけては八卦神門・『雷門』の守護者アレクセイ・ヴァレントに会いに行く。
なぜなら彼がいつもいつも挨拶以外は違うことを話してくれるから。【鍵】については奥が深いが止まらなくなるので、ここ数回は気をつけている。
「あ、あの……あ、アレク?」
「うん。なんだい?」
恐る恐る名前呼びしたけれど、全然気にした様子もないアレクセイ・ヴァレントの反応に安堵を覚えつつも、確認しなければいけない事がある。
「上手くいきましたか?」
何がとは言わないし、聞かれない。
銀髪の男はニヤリと口端を上げた。
お読みいただきありがとうございました。




