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「アレクさん。これはいったい何事でしょう?」
執事のクバイトさんはよく苦笑を浮かべる。彼の目には7人の子供たちを確かに捉えてはいる。だけど僕の後ろからそれぞれ顔を出して、扇状に広がった姿はきっと、国民的ダンスグループの代名詞と言えるほどの見栄えだったに違いない。とあるお笑い芸人は彼らの事をエグい猿なんて言ってたっけ。
「あ~、彼らは伯爵様から預かった者たちです。ぜひ家の仕事と、教育をお願いしたいのですが?」
「伯爵様からですか!?」
「はい。なんでも、『彼らの可能性を引き出してやってはくれないか』、とか」
少しだけマグニアス伯爵の声音を真似てみる。後ろの子供たち、と言っても僕と3,4歳しか違わないが、彼らが僕のものまねをクスクス笑った。
「それと養育費も預かりました。これです」
すんなり金貨入りの革袋を手渡したから、クバイトさんはさらに驚いた後、やっぱり苦笑した。なんでも僕が潔すぎるのが心配なんだそうだ。出会って1週間も経っていないからね。致し方なし。だけど僕には無用の心配だ。
マグニアス伯爵の推薦でこちらにやってきた忠義の人を疑う余地はないし、面倒を当面見てもらうんだから、全額渡したところで全く問題がない。もらったものをそのまま横にスライドして、僕の方が恐縮しているところだからね。
リック(12)
ブライト(12)
ヨンザ(12)
メリーヌ(12)
ジョアンサ(12)
クワト(12)
ヒカリ(12)
足りない心配はしていないけれど、使い道はクバイトさんにおまかせする旨を伝えた。新たなメイドを雇ってもよし、着服するもよし、全ての資金の使い道を委ねる。クバイトさんは「自分に向けられた試練ですね」なんて真面目に言っていたけれど、違います。丸投げです。
「じゃあみんな! 今日からここが君たちの家でもあるけれど、仕事先でもあるからね。こちらの素敵紳士のクバイトさんが君たちの面倒を見てくれる。しっかり言うことを聞いてね。不安がらなくても大丈夫だよ? マグニアス伯爵様の信を受ける凄腕敏腕執事さんだから。君たちがちゃんと言うことを聞いて、しっかり仕事をすれば、美味しいご飯も食べられるようになるよ!」
わあーっと歓声が上がる。最後の美味しいご飯のところでだ。執事は自分の持ち上げられようと、子供たちの歓声にやっぱり苦笑した。
「お願いしますね。手に余るようでしたら言ってください。何か考えます」
「いえ、承りました。アレクさんと伯爵様の期待に沿うよう尽力しましょう」
気持ちの良い返事が聞けて僕も嬉しさが湧いてきた。最近落ち込むことが多かったからなぁ。
「では、出かけてきます。そうですねぇ、夕方には帰ろうと思います」
「かしこまりました。お早いお帰りをお待ちしております」
自室の机からドヌマン城塞地下入出許可書を取り出して、ポッケにしまう。
さて、城塞地下ははたして魔物はもういるんだろうか。愛剣のブロードソードを背に装備して、一応ドスも持っていく。ずきりと痛む胸を抑えつつ、意識を【鍵】へ。
まずは登録先のドヌマン城塞地下、宝物庫横の隠し階段の外側へと転移した。
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真っ暗だ。カンテラを先に灯しておけばよかったね。でも目を解錠して、【暗視】状態に持っていければ、カンテラを灯すことは容易だよ? というかカンテラいらなくない? 暗視できるなら上等だね。おお、これで暗殺者気分を味わえる。あいつらこんな特技をなんの苦労もなくスキルでやってのけるんだから、ずるいよなぁ。
やっぱりと言えばやっぱり、どこも地下の造りが似ている。地下牢を抜け、突き当たりにある開かずの間は見慣れた光景だ。魔物には遭わなかった。
すっとスライドされたドアが開けられると透明の膜がそのままお出迎え。僕にはなんの影響もなく何もなかったかのように通過できるんだけどね。最初は抵抗あったんだけど、慣れてしまえばなんてことはない。
さてと、ここの【門】はどうかな……。
8つの階段が8方から中心へと上がる階段の先には、八卦神門の小さなレプリカのような、ジオラマのような模型が置いてある。そこへ手をかざせばいい。
レプリカから光の柱が上がり、天井を突き刺す。
「アレクセイ・ヴァレント。ようこそいらっしゃいました」
半透明の女性が模型の上方から浮かび上がってきた。
薄いピンクの髪をポニーテールにした、色白の目鼻立の整った女性だ。思ったのは、アレだ! なんだっけ!? そうそうコスプレイヤー! ピンクの髪ってカツラだよね? そうだよね? え? 違うの?
「今、ものすごく失礼なこと考えていませんか?」
僕は霞む音のする口笛で視線をそらしながら誤魔化した。
「誤魔化し方下手過ぎませんか!?」
いや、だってピンクの髪ってカツラだよね?
「あ、この視線……これ地毛ですから!!」
え? そうなの? でもさ、地毛でコスプレイヤー張れるなんて凄いよ! 生で見たの初めてだし。動画とかでしか見たことないし。すっげー。あ、でも半透明だから生じゃないかー。まぁでもこんな近くで見るのは初めてだよ! うん。
「すいません興奮してしまいました」
「何によ!?」
ちょっとおふざけが過ぎたようだから真面目に対応しなくちゃね。
「あの、世間知らずで申し訳ないですが……有名な方なんですよね?」
「はい?」
「テレビとかネットがなくて、記憶も最近は薄れてきているので、きっと有名な方なんだろうとお察しはするんですが……如何せん世間知らずなものでして」
「アレクセイ・ヴァレント!? 貴方一体私をなんだと思ってるんですか!? 私は【八卦神門】6代目継承者のミーシア・グレイグハートと言います!」
あ、そうなんだ……。
「なんだそうか、取り乱してごめん」
「軽っ……何この落差!?」
服装がどう見てもアニメっぽいもん。なんか羽衣みたいなの着てるし。
「コホン……それではアレクセイ・ヴァレント。貴方に【後退】を授けます。今の貴方なら難無く使いこなせるでしょう」
手を僕の頭の上に置いて彼女が何か短い詠唱を行なった。彼女が言った【後退】のスキルが僕の脳にインストールよろしく入ってきた。何このインチキスキル!? 酷いなぁ、これができたらもう悪魔だよ。使用できるスキルが3D画像で頭の中に展開されていく。全てダウンロードが終了したようだ。
だけどこれはあくまで彼女の使用の仕方が示されただけだ。発想によってさらなる進化を遂げるであろうこの【後退】……強烈だな。身震いが起こる。
そうか……八卦神門継承者が【鍵】を甘く見るのも仕方がないことなのかもしれない。各能力を特化させられれば確かに強いな。うん。強すぎるな。【後退】の片鱗を見ただけで僕は【八卦神門】の各スキルを【鍵】より下に見ていたことに気付かされた。【保存】やクグモがくれたアレも、もしかしたら単独でも強いのかもしれない。
「ありがとね。じゃあもう行くよ」
「ええ!? ちょっと待ちなさいよ! 今来たところでしょう!?」
「うん、でもほらこんな凄そうなスキルを試さない手はないじゃない?」
「そうかもしれないけどね!?」
なんやかんや言いながら僕を引き留めようとするミーシア。
仕方ないからご歓談といこうか。
「あのですね、アレクセイ・ヴァレント。貴方、今しがた私からスキルを授かったってことちゃんと理解なさってるのかしら? このわたしから」
「ええ、それはもう。ありがとうございました。それでは!」
「待てやー! 軽いわよ!」
あ、今度はしくしくと泣き真似入ってる。あれかな、この子めんどくさい系? おちょくりすぎたかもしれないね。
【スキル】を手にすると、あるいは使い方がわかると試したくなるよね? うん。クグモはよく説明聞いてすぐに僕を送還しなかったな。こんなワクワクを我慢するなんて、やっぱり人ができてるんだろう。真似できそうにないや。
彼女との情報交換を済ませて、僕はこの場所を後にした。
今この時に【後退】を得られて本当に、心の底から、助かったと思い知らされることになるなんてね。ミーシアにちゃんとお礼を言っておけばよかったんだけど。
もうこのミーシアに会うことは二度とないから……でも言わせてほしい。
「ありがとう」




