[ 怜 ]
昨夜の事は何事もなかった様にレイはスッキリと目覚めた。
時計を見るとまだ待ち合わせの2時間も前だ。
今日は中学に入って出来た友達と、少し遠くの方まで買い物に行く予定だったのだ。
カーテンを開けると眩しい陽射しが差し込んできた。
レイは今日は楽しい一日になりそうだなと少しウキウキした。
部屋から出ると、姉もちょうど自分の部屋から出てきたところだった。
レイは昨日の出来事を思いだし、少し気まずそうにおはようと言った。
姉は察したのか、レイの額をデコピンして、何にもないから、と笑いながら階段を降りていった。
些細なやりとりであったが、レイの疑問は一気に吹っ切れ、本当に何にもないんだと思い同時に昨夜の自分の行動を馬鹿馬鹿しく感じた。
準備を済まし玄関を出ると、いつもの様に下り坂を歩いた。
本当はこのまま真っ直ぐ道を歩いて行った方が駅まで1番近いのだが、レイは中学に上がると同時に途中の路地を曲がって駅まで行く事にしている。
理由はサトシの家の前を通りたくなかったからだ。
中学に入ってから、小学校の同級生と話す機会もなかったので今現在サトシの近況など全然分からなかった。
レイとしては半分逃げる様に違う学校に行った事もあって顔を合わせづらかった。
電車に乗り30分くらいすると、外の風景はビルというビルが隙間なく埋め尽くされていた。
改札口に向かい外に出ると後ろから肩を叩かれた。
「おう、サエキ」
肩を叩いてきたのは友達の金井泰道”カナイ ヤスミチ”だった。
「おうヤス、何処にいたんだよ」と言って笑い合う。
ヤスとは中学で席が隣ですぐ仲良くなった。
ヤスの家はいわゆる高級住宅街と言われる所にあり、何回か家に行った事はあるが、トイレを見つけるのに大変な思いをしたのを覚えている。
家にはお手伝いさんが3人ほどいるらしく、レイは子供ながらに羨ましいと思った。
今日は何処に行くの?とレイが聞くと、今日はオススメのところがあるから行こうと言うので、レイはそれに従う事にした。
ヤスにとってここは庭らしく、学校でも色々なお店の話をしてくれていたので、レイがヤスに遊びに連れてってくれとお願いしたのだ。
それから何時間経っただろう、レイとヤスは買い物や食事を済ませ、日が落ちてきたので帰る事にした。
レイとヤスの親も過保護ではないがあまり帰りが遅くなると心配されるので、18時頃までには帰ろうと予定していたのだ。
大きな交差点を曲がり、歩道橋の下を潜るとシャッターの閉まっているお店がいくつもあり、そこは昼間とは全く異形をなしていてレイは少し怖さを感じた。
しかしヤスにとっては日常茶飯事のことなのか、構わず前進する。
そんな自分を恥ずかしく思いレイはヤスの隣で歩幅を合わせた。
すると前方から明らかにガラが悪いと思われる集団がこちらに歩いてきた。
赤色や金色に染めている髪、そしてレイやヤスとは違い奇抜な服装
レイはその姿に怯え目線を反らしながら歩く。
ヤスは相変わらずで喋りながら歩く。
先程までお互いが気に入っている子の話しで盛り上がっていたのだが、レイは全然話しが頭に入ってこなかった。
手と背中が汗ばみ少し動悸が激しくなる。
レイの動悸とは裏腹にその集団と距離が縮まって行く。
10メートル、5メートル…
レイの動悸は最高潮になり澄まし顔で反対方向に目をやる。
唯一の救いはヤスの存在だ。
しかしヤスもその集団を恐れたのか、目線を外し横目からでも少し暗い表情をしているのがわかる。
”神さま何も起こらないでくれ”と心の中で願いながら、その瞬間は来た。
ドンッと何かにぶつかり、レイは転けそうになるのを必死に堪えた。
前を向くと
何と集団の中の1人がレイ達の前立っている。
良く見ると髪は金色で口と耳、それ以外にも鼻や眉辺りに金属の突起物が刺さっていた。
レイとヤスは咄嗟にすいませんと頭を下げた。
心の中では神さまに願いを繰り返す。
しかし
「痛えなお兄ちゃん達、何処見て歩いてんだよ」
とその金髪のお登紀はヤスの胸ぐらを掴み睨みつけてきた。
すいませんと何度も謝り、掴んでいる腕を抑えたが次の瞬間後ろから両腕を掴まれた。
後ろに目をやると集団の中の1人が笑いながらレイの腕を羽交い締めにしている。
「ねえねえいくら持ってんの」とその男が聞いてきた。
レイはすぐ様少ししか持っていないと答えたが、それは本当のことだった。
今日は色々買ったりご飯も食べた為、財布には帰りの電車賃と少々の小銭しかなかったのを覚えている。
ヤスも同じ事を聞かれたのだろうか、リュックから財布を取り出しお金を差し出しているのが確認できる。
レイも財布の中身の電車賃以外を相手に渡したが、相手は
「まだあるだろ」と問い詰めてくる。
レイは事情を説明し、相手に頼み込んだ。
バチンッ
という甲高い音が耳に響く。
レイは痛みのする方へ手を伸ばすと何かが垂れているのがわかった。
ズキズキと痛みが増してくる。
レイは鼻を殴られたのだ。
その後レイは胸ぐらを掴まれ、再度お金をくれと言われる。
レイは悲しみや苦しみのあまり財布ごと相手に差し出したのだ。
レイは解放されると鼻を抑えうずくまった。
心の中で込み上げてくる感情を抑えながら早く終わってくれと目をつぶり神様に何度も祈った。
その男達は数分するとレイの財布をぶん投げ、笑いながら去っていった。
レイは周りを見回すと、ヤスも地面にうずくまっていた。
震える足を抑えなんとか立ちヤスの方へ向かうと、ヤスは何かをブツブツ言っているのがわかった。
死ね、死ね、死ね、死ね
ただ一点を見つめながら同じ言葉を連呼するヤスに気が引けたが、肩を叩くとヤスはハッとした表情でこちらを振り向き言った。
「大丈夫かよっ」
と言って慌てて立ち上がりレイの肩を揺する。
レイは大丈夫だよと言ったがその瞬間、緊張の糸が切れ目から涙が溢れてきた。
鼻の痛みと先程の恐怖を思い出し泣き出してしまった。
ヤスは覆いかぶさる様にレイを抱きしめて大丈夫と何度も呟いた。
その時ヤスの後ろから
「大丈夫か」
という声が聞こえる。
ヤスが後ろを振り向きヤスの間から前を見ると、涙でぼやけて見えるが2人立っているのが見えた。
ヤスは聞かれるがまま事情を説明し、その内1人の男性は何処かに電話している様だった。
それから間もなく警察が来て、レイは救急車で病院に運ばれた。
後日ヤスから話しを聞くと助けてくれた人の名前は、田中光太郎”タナカコウタロウ”という名前の人だった