[ 怜 ]
「じゃ今日の授業はこれで終わりにします。明日は最後の卒業式になりますので、遅刻しないで皆さんの学生服姿見せてください」
「起立、礼、先生さようなら」
日直の生徒の声に続き皆、順々に挨拶をした。
ランドセルに荷物を入れ帰りの仕度を済ませると、レイは足早に教室を出ていった。
家近くまで来ると坂をダッシュで駆け上がる。
まだ3月半ばだというのに外は春の陽気だった。
玄関を開けただいまと声をかけると、台所から母親のおかえりという声が耳に届いた。
レイは手を洗い自分の部屋に着くとランドセルを置きベッドに倒れた。
「はぁー…」
深いため息が溢れる。
それもそのはず、レイはあの日からサトシたちと気まずく、友人に暴力を振った影響で学校であまり良い扱いをされていなかったのだ。
登校拒否にまでは至らなかったが、レイにとっては苦痛の毎日には変わりなかった。
そして4月からは姉や母の勧めで、姉と同じ私立の進学校に通うの決まっており、あのうんざりする学校にもう行かなくていいと思うと、やっと肩の荷が降りるとしみじみ思ったのだ。
仰向けになり天井を見上げる。
今でも思う事はあの日からサトシと仲が悪くなってしまった事、おばちゃんが死んでしまった事、自分があの時もっと上手く行動できたらなと思わない時はなかったが、今更どうする事も出来ずにいる自分を歯がゆく感じた。
しかしレイはレイであの時心配してたのにと納得のいかない事も多々あったが、性格上あまり人に意見を言うのが苦手な事もあり、ずっと学校ではポーカーフェイスを装ってきたのだ。
明日学校に行けばもう行かなくていい、でも新しい学校でまた友達できるだろうか
そんな期待と不安が心の中でぐるぐるとループする。
こんな事を考えるのはもう何回目かもわからない。
そんな事を姉に相談したところ、”誰でもそういう時はあるけど、いざ一歩踏み出したら案外大した事じゃないわよ”と言われたので、レイはこういう思考が始まった時は姉の言葉を思い出す様にしていた。
何もしていない時間はこの頃のレイにとっては良いものではなかったので、レイはテレビを見る事にした。
時間はまだ13時過ぎ、レイが観るにはまだまだ退屈な時間帯だったので仕方なく、本を読む事にした。
あれから何冊本を呼んだかわからないが、今読んでいるのは◯◯賞を受賞した有名外国人作家の新刊を読んでいる。
SFものであり、若かりしレイにとってはジャンル的に1番面白く読み終えるまでにあまり時間はかからなかった。
その本の主人公は何回もタイムマシンで未来や過去に行き来して、色々な人や物の力を借りて世界を救うというヒーローものだった。
その本を読んだあと、レイはタイムマシンがあればあの時に戻ってサトシと仲が良いままでいられるのにと何度思った事か。
また深いため息を吐き椅子に寄りかかると
ピンポーン
インターホンのチャイムが鳴る。
バタバタと母親が走る音が聞こえ、何かを喋っているのがわかる。
「レーイ、田中さんていう方が来てるわよ」
バッと椅子から降り、多少パニックになりながら考える。
ここ数年というか、女の子が家に来るのは幼稚園以来だし、いやそもそもなぜ田中が?という疑問の方が思考の9割を占めた。
若干身だしなみを整え玄関に向かうと、そこには前よりも少し大人っぽくなった田中が立っていた。
「ど、ど、どうしたの」
緊張で自分の声が震えてるのがわかる。
「いきなり来てごめんね、実はちょっと相談したい事があって」と田中が言う。
レイはなぜ俺なんだろうと、不思議に思いながら、とりあえず上がればと促すと外で話したいと言うので近くの土手で喋る事にした。
レイの家から土手まで学校までの距離と同じで15分くらいのところにあり、テレビの撮影が何度もあったぐらいの有名な土手だった。
土手に着くと平日にもかかわらず、結構な人がいる。
散歩する人、釣りをする人、数人で座って雑談してる人、ベビーカーを押して歩いてるお母さん達、都会なのに土手沿いの道はいつものほほんとしていた。
適当な場所を見つけ田中と2人で座る。
気まずい沈黙の中、レイは咳を切った。
「で、どうしたの?なんかあった?」
とレイが聞くと、田中は数秒黙ってから口を開いた。
「いや、あのね本当は相談じゃなくて、レイくんずっと元気なかったから、それに明日はもう卒業式でしょう?だから最後っていうわけじゃないけど、このまま話せなくなるのの嫌だから、勇気出してきたの」
田中も緊張しているのか、若干自信がなさそうに言う。
それを聞いたレイは、いまいち意味が良くわからなかった。
なぜかというと、田中とは普段全然話した時もなく、家も近所でもない、接点があったとすればサトシの存在だ。
サトシの席に行くと当然隣には田中がいたので、そこで軽く話したぐらいしか正直記憶に残っていない。
登校中に何度か目があった時もあるが、お互い別に興味もなく、おはようの挨拶すら言わなかったぐらいだ。
その田中がなぜ、今更こんな事を言うのかが、レイには一切わからなかった。
適当な相槌をしながら小一時間話したあと、田中とは駅近くのコンビニまで送り別れた。
家に帰ると母親が、居間から出てきてレイに
「田中さんて子、何の様だった?もしかして」と半笑いしながら聞いてくる。
どんな答えを期待してるかがわかったが会話の内容を思い返しても別段そういうわけでもない印象だったので、そんなわけないよと軽く流した。
部屋に戻りまたベッドにうつ伏せに倒れる。
一体何だったんだろう…
と考えながらまた天井を見つめた。