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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[三年生]
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夜空

「夏祭りに出かけませんか」

喫茶店での仕事と、そろそろ取り掛からなくてはならない卒業制作と工程を組み立てて。

夏もそろそろ終わりだなという頃にその話をもちかけた。

色よい返事だけという訳にもいかなかったけれど、誘って正解だったと思う。

志乃さんからの送迎の申し出を断って、電車で向かう事一時間ほど。

ようやく着いた街中はさすがにちょっとずつ記憶からずれ込んでいた。

「お店が開くのが早い」

掲示板に張られた案内の項目を見ながら彼女は言う。

「花火の時間に合わせてるからね」

見上げれば宵の明星がまだ地平線に落ちきる前の時間だし、空も明るい。

人でにぎわっている商店街も、見慣れたはずの風景なのにどこかずれている。

花火が始まる前にとあれもこれも買って、両手を食べ物でいっぱいにして。

花摘みに行くと言う彼女を待っている間に飲み物を買おうとして、ふと立ち止まる。

祭りの騒ぎから少しだけ離れた位置にある自販機は、記憶の中とほとんど変わりなくて。

あいかわらずそこだけ人が近寄らないかのような空白が出来上がっていた。

ふらふらと近づいて、一本だけ缶ジュースを買う。

頬が痛んだような気がしたけれど、この記憶はきっとそれでいいのだと思う。

カサブタは傷が治ればそのうち剥がれ落ちるものだ。

戻ってきた彼女と僕でゆっくりと歩いて、神社への階段を登って行った。


そこそこの距離がある階段をひとつずつ踏みしめながら考える。

僕の選択はこれでいいか。

間違っていても、後悔しないか。

糺された時、素直にそれを認められるか。

行動はもう起こしたのだから結果を受け入れるだけなのだけれど、どう転ぶかはわからない。

ようやく登りきってみれば、約束していたとはいえ心配していた人影がある。

目を向けると来たね、と()()()は言う。

「ご無沙汰しています、()()()

聡いこの人の事だ、これで全部承知するだろう。

「そうか」

引き連れる彼女の姿を見て、納得したように頷いた。

この人は多くを語らない。

僕もそれが分かるように簡潔に応えるだけでいい。

緊張の糸がピンと張りつめているような、そうでないような。

花火がドンと打ちあがる音と光を背に、柊先輩はくつくつと笑う。

「ビジネスの相手として手放すつもりはないからそのつもりで居てくれ」

未練がましい女だと笑ってくれと先輩は言ったけれど、僕も彼女もそんな事は思わない。

自分の事は器用にこなすクセに、他人の事となるととたんに不器用になるのだ。

彼女が何事か耳打ちすると、いつものようなこらえるような笑い方ではなく。

珍しくも声をあげて呵々大笑していたのは、貴重な思い出として取っておいてもいいと思った。

これからの話はまた後日、とそのまま先輩とは別れて。

花火がドンドンと鳴る中で神社を下っていく。

母校を横目に見ながら自宅へ行って。

長い事乗っていなかった自転車を引っ張り出して。

彼女を後ろに乗せて、ゆっくりと自転車をこぎ出す。

体力のある方ではないけれど、あの場所に行くくらいならわけもない。

もう花火はすっかり終わっていて、どんどんと夜が更けていく。

時々休憩をはさみながら走って、走って。

深夜に差し掛かるころにたどり着く。

ずいぶん時間がかかったけれど、ようやく思い出の場所についた。

あまり広くない駐車場と、お手洗いに自販機がぽつねんと置いてある所は変わっていなかった。

向こうの山の景色も、空の景色も変わらない。

「ここ?」

「そう」

どさり、と体を横たえる。

どう切り出すべきか考えに考えて。

「あのさ」

いつの間にか切り出された言葉に思考を中断して、星が良く見える空を眺めながらなにと応える。

「何とかしなくちゃとか、解決しなくちゃとかぐるぐる考えてるかもしれないけどさ」

彼女は横に座ったまま。

視界の端に夜空を見上げる姿が映る。

「一人で考えてもわからない事は聞けばいいんだよ」

前にここへ来て、見たものの事を思い出す。

同じ景色を見ているとは限らない。

「沙月さん」

そういえば、今日初めて名前を呼んだ気がする。

「どうするのが正解とは私も言わないし、言いたくない」

彼女は自信をもって言い切った。

まるでどうしてここに来たのかを知っているように。

「でも、宗司が見てる景色を分けてくれたらとは思ってるから」

視界の端から沙月さんが消えて、隣でくしゃりと草がつぶれた音がした。

わずかな風の音と、目の前にまるで落ちてきたような星空があるだけ。

沙月さんが何を思ってそんな言葉をかけてくれたのかは、後から考えよう。

だから僕も、決めていたことは胸の中にしまっておく。

それをこの場で口にするのはあまりにも無粋な気がしたから。

「答えは卒業までに出すよ」

それを口にしたのは僕だったのか沙月さんだったのかは覚えていない。

どちらからともなくそうと返して。

どちらからともなく手を差し伸べて。

握った手が、とてもか細くて暖かかった事だけは確かだった。

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