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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[三年生]
98/115

自信

最後の夏休みがやってくる。

せっかくなので足を延ばしたい場所がいくつかあるのだけれど、喫茶店の準備もあるので気軽に休むわけにもいかない。

「せんぱーい」

フロアからの呼びかけで行ってみると、後輩ちゃんが制服を着てオーダーをひらひらと振っていた。

沙月さんのほうをチラリと見ると、他のテーブルの片づけを始めている。

志乃さんは乞われたメニューで手が離せない。

「はい、了解」

三年で進路もそろそろという時期もあってか、喫茶のバイトの頻度も落としている。

代わりに後進を育てようという話になって、連れてきたのが後輩ちゃんこと結ちゃんだった。

「採用」

志乃さんはと言えば彼女の洒落っ気に最初から目をつけていたようで、大して質問するでもなくその場で採用を決めてしまった。

もう一人は今志乃さんから手ほどきを受けている沙月さんの後輩だそうで。

代替わりの時期がやってくるんだな、と思う反面。

もったいないなとも感じてしまう。

オーダーの内容に沿ったコーヒーの淹れ方もだいぶ板についてきた。

「嘉瀬先輩は雰囲気がありますね」

「オーナーから言わせるとまだまだだそうです」

生徒のお客さんもそこそこ増えていて、こうして声をかけられることも増えた。

厨房のほうを見ればやっぱり志乃さんが悪い顔して微笑んでるし、フロアはむすっとした表情でテーブルの片づけを終えた沙月さんが次のお客さんの案内に備えている。

「なあ宗司君、いい加減にいいんじゃないか?」

いつものように仕事をさぼって休憩している八百屋のおじさんは、何をとは言わない。

僕も何がとは返さない。

「これで付き合ってないんだもんな」

涼みに来ていたクラスメイトまでそんな事を言う。

「へたれ」

宿題を聞きに来たはずの妹にまで言われる始末。

でも僕はにっこり笑って、口を閉ざしてやり過ごした。


「出勤の頻度を落とせ、小遣いは増やしてやる」

喫茶店の営業が終わって、お酌の時間にそんな事を言われてしまった。

これまで真面目に働いたボーナスだ喜べクソガキなんて毒づいてはいるけれど、さすがに志乃さんが何を考えているのかはなんとなく見え透いている。

「志乃姉さんまで」

「酔った勢いじゃない」

志乃さんがそこまで言うのならば、これは必要な事なのかもしれない。

どうして、という部分がいつも抜けているために素直に喜べないのが心情だった。

「お前そもそも中学の時にすら遊べっつって渡した給料、ほとんど手を付けなかっただろ」

それはそうだろう、と思う。

だってあれは。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

考えていたことを口にしようとして、言葉にする前に遮られた。

だからこそ入学の時にだけ、小遣いから絵を描くための道具をそろえた。

「子供だから甘えていいなんて理由じゃない、お前がいっぱしだと思ったから渡すんだ」

この人は最初から最後まで徹頭徹尾身内に甘く、同時に厳しい。

甘えていいところは存分に甘えればいいと言うけれど、僕にはその線引きがわからなかった。

「自己評価を低く見積もるのもいい加減にするんだな」

そう口にして封筒をぐいと押し付けられてしまった。

ぐいっとグラスを仰いでいるので、話は終わりという事だろう。

封筒を片手に二階に上がって、考える。

どうして志乃さんは急にこんなことを言い出したのだろうか。

よくよく思い出せば色々助言はあってもこうした実力行使は珍しい。

そもそも好きなことを好きなようにやってきた結果が絵を描き続ける事で。

そのためにこの喫茶店に居候して、ここで二年を過ごしてきた。

早くも評価をいくつかもらっていて、卒業後のために見学においでよとも誘われている。

美術をたしなむ人間としては成果は上々だろう。

じゃあ、このお金は何なのか。

それ以外に目を向けろ、という意味で間違いない。

引き出しをあけて、あの手紙を手に取る。

答えがそこにあるとも思えないけれど、ふと手に取って見たくなった。

書いてあることは一字一句変わることはないし、そらんじられそうなほど読んだ。

なのにどうしてちくちくと心が痛むのか。

誰かを好きになるとか、誰かを想う事なんてしてこなかったのに。

いったい自分は誰が好きで、誰を愛しているのかわからない。

これは美千留先輩との事を言われて考えてから、ずっと先送りにしてきた事でもあった。

明確な気持ちなんてあるはずもないのだけれど、どうやったら自分の気持ちに明確なものを持てるのか。

導いてくれた美千留先輩かもしれないし。

悩みをうちあけあった沙月さんかもしれない。

あるいはここまで追いかけてきてくれた結ちゃんかもしれない。

好きな事だけをしていた代償とはそういうものだろうに、誰を見ているのかもわからないのに誰かを愛するなんてことが出来るだろうか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

思考がぐるぐると回って困り果てた夜更けを打ち破ったのは、一本の電話だった。

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