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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
88/115

胸裏

「これくらいかな」

冬休みに入った直後、志乃さんにお願いして少しだけお休みをもらった。

いくつかの作品の中からこれだと思ったものを模写して、一部を自分なりのやり方でこねくり回して、変えてみて。

ようやくそれが出来上がったところだ。

「宗司君、お昼ご飯は?」

「ごめん、すぐ用意するよ」

すぐ一階に降りて、手をしっかり洗ってから冷蔵庫へ。

水気を切っておいた野菜を挟んだクラブハウスサンドをキッチンにもっていくと、志乃さんからはそこに置いとけとだけ言われ、沙月さんはカウンターの裏側でつまんではまたお店に回るをくるくると器用に繰り返している。

「手伝ったほうがいいですか」

「やりたい事があるなら先に済ませろ」

中途半端は許さんと斬って捨てられたので、お言葉に甘えてさっさと生活スペースへと戻る。

絵の具が乾いたことを確認してから布でくるんで、ジャケットを着こんで。

最後にあの長いマフラーをぐるぐると巻き込んで、喫茶店を出る。

「おや、今日は手伝いじゃないのかい」

「おじさんどうも、今日は少し学校へ」

八百屋の店主さんに手を振って、急いで学校へ着く。

すぐに着いて、職員室に駆け込んで。

目当ての先生を見つけて、問い合わせる。

「問題を起こしたばかりなのに何をするつもりだ」

当然の質問だろうと思ってはいたし、これが正しいとも思わない。

思わないが、やっぱり僕にできるのは絵を描くことだけだし。

伝えられることは伝えて、それでも足りない事は絵で。

ここはそういうやり方に理解のある場所だから、なんとかなるという確信をもってこの絵を描いた。

「お前、それは追い打ちになりかねないのはわかっているか?」

打診した先生にはやはりいい顔はされなかったけれど、僕にはこれが一番伝えやすい方法で。

反面、もっとひどい事をしようとしているかもしれないとも思う。

筆をとるしか能がなかった後悔もある。

でも、何も伝えないのが一番悔しいだろうから。

「僕にはこれしか思いつかなかったので」

「わかってるのならいい、行ってこい」

さんざん悩んだ先生からどうにか許可をもらって。

急いでその先生が担任をつとめる教室にいき、誰もいない中ひとつの席にその絵を置く。

きっとこれだけでは足りないだろうから、メモで言葉も添えておいた。

終業式は終わっているので、これを目撃されるのは来年の事になるだろう。

すぐに見てほしいけれど、これはきっと僕が急いているだけと飲み込んで、教室を後にする。

「お、今日は喫茶のほうで描いてるんじゃなかったのか」

特別教室の先輩に声をかけられて、立ち止まる。

隣で作業をしていたので、僕が何を描いていたのかも知っている先輩だ。

「描き終わったので、目的の所に届けてきただけですよ」

そうか、とだけ答えた先輩はなにやら考え込んで。

僕の肩を叩いて歩いて行った。

単なる気まぐれと言われればそうかもしれないし、心変わりともとれるかもしれない。

僕にできる事はそれしかないし、他に考えつかなかったから。

僕なりのやり方で、決めたことだからと通した。

あとはどう応えてもらうか、どういう返事をしてくれるかに期待をかけて廊下を歩く。

下駄箱を出るとそこには沙月さんがいて。

「どうしたんですか」

「私も当事者だからね」

心配にもなるという彼女の手にはカイロとお財布とカゴにマイバッグまであって。

うちの保護者は二人そろって不器用だなと思う。

「なにも制服で来ることないのに」

「だって、すぐ行けって言われたし」

ぶすっとむくれられるのは主に僕のせいだし仕方ない。

とても長いマフラーをほどいて、沙月さんにぐるぐるぐるぐると巻き付けて。

「じゃあ、買い出しに行きますか」

「寒くない?」

「平気」

下校する時間だけならそんなに長くはない。

アーケードまでは急ぎ足で、風が当たらなくなってから歩幅を緩める。

「ずっと思ってたんだけどさ」

「宗司君、一歩下がった位置で私を見てるよね」

はてどうだったかと思ってはいたけれど。

そういう意識はひょっとしたらあったかもしれないと思いなおす。

「そうかな」

「そうだよ」

いたずらっ子のように笑っているその笑顔が、昔見たあの笑顔に少しだけ似ている気がしてしまって。

ほんの数瞬、感じ取るのもやっとなくらいほんの瞬きの間だけ次の言葉を躊躇って。

「なにかあったの」

「心配するような事は」

「嘘だね」

今度は躊躇うまいと素早く被った仮面は、真っ二つに割られた。

前を歩いていた沙月さんが振り返って。

商店街の音が遠くなって、他に何も聞こえなくなる。

「今度はちゃんと聞くよ、上手くやれなくても」

彼女はいつもと違う表情で、胸元をぎゅっと握っていて。

手の中に光っているものはきっと、あの鍵のネックレスで。

かなわないなとため息をひとつ。

「じゃあ、今晩にでも」

よし、とガッツポーズをとった彼女からお菓子代は宗司君もちねと言い渡されてしまって。

夜更かしを覚悟はしたものの、どこまで話したものかと考える。

「今度は隠し事なしだからね」

買い物を先に済ませようと、精肉店に駆け出す彼女の背を追いかけながら。

引き出しの中にあるあの手紙を見せるべきか否か、まだ躊躇する自分が後ろにいるような気がして。

「隠し事はなし、か」

自覚もしていない気持ちにさよならは言えるのかなと、ふとそんな事を考えてしまった。

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