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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
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幸福

女性の買い物は長いとされている理由は何だろうか、と思う。

決め手に欠くからとも、自分では決められないからとも言われることがあるようだが。

目の前で悩む女の子についてはそのどちらでもない気がする。

考えてみたら彼女個人のプライベートなことについて、何も知らないなと思い至って尋ねたプレゼント決めだ。

自分から言い出した事なので文句のあろうはずもないのだが。

「欲しいもの、決まりませんか」

いざ聞いてみたら「考えつかないから付き合って」と駆り出され、今はそのウィンドウショッピングに少々くたびれてファーストフード店で一休みしている最中だった。

「きまりませんね~」

ふっふっふと笑っているがもうすでに家具屋に雑貨店に服飾店までもぐるぐると回っていて。

もうすっかり彼女の足取りについていけなくなっているのだが、決めるのに責任をもって行動すべしと志乃さんにどでかい釘を刺されてしまっている。

ここで放棄して「ここで待ってるから自分で決めてきて」などと言おうものなら飯抜きと減給のお仕置き宣言がまっている。

それだけはご勘弁と上機嫌で予定を決めた彼女についてきたが、いったい後どれくらい続くのだろうかと不安になった次第だ。

「これでも考え抜いたんだけどね」

そもそもどれがいいか絞ったというわりに大型のショッピングモールまで駆り出され、あちらこちらに歩き回った挙句フードコートで簡単な食事だなんて。

志乃さんが聞いたら「だったらウチで食えよ」と怒りそうな話である。

「妙なところで男らしい」

「いまなんて」

「いいえ何も」

ギロリと睨まれてしまったので、慌てて視線をそらす。

店に入ってまっすぐ目的のものだけ確認したらすぐに出るなんて潔い買い物を繰り返せば自然とそういう感想になるのも無理はない、と思いたい。

「そもそもさ」

カップに入った飲み物をジューっとすすって、一息。

「私にとって今の環境は願ってもない幸運なのよ」

「幸運」

「そ、幸運」

思いがけない言葉にオウム返しをしたら、間違いなく返事が来た。

彼女にとって喫茶店で生活して、あの学校で勉強することにどれくらいの価値を見出しているのだろうか。

「お母さんがやってる事を手伝って、性に合ってると思ってさ」

これを仕事にできたならどんなに幸せだろうかというその考えには、共感できる。

絵で食っていけたならと思う僕にも同じことが言えるからこそ、得意なことは何かを模索している。

彼女の話の節々にもそれは感じられるけれど、それがどれくらいすごい事なのかはわからない。

わかってあげられないことが、少しだけ悔しいなと感じる。

「喫茶店でバイトして、学校でやりたいこと勉強しててさ」

もうほしいものがない、というわけではないのだろう。

学校で体験した、あれや、これや。

色んな人に触れて、思いもよらぬ出会いを果たした事もある。

身に覚えがなくとも納得できる話がほとんどだった。

「即座にこれって決められないくらい充実してるって、すごい贅沢だから」

「だからひとつに決められないと?」

バレたかとハンバーガー片手に無邪気に笑っていて、怒るに怒れたものではない。

怒れないが、疑問は尽きなかった。

「じゃあどうしてそれを妖精さんに言わないんです?」

妖精さんなんて呼ばせてるのかと胡乱なまなざしを向けられてしまったので、慌てて名前を教えてもらっていないからと訂正する憂き目にあったが。

「言ったら反対されたもの、こんな苦労することないよって」

ようやく聞けたと思う反面、そうだなとも思う。

親の心子知らずなんてよく言ったものだが、彼女の場合はそれがとても顕著だ。

妖精さんだって同じだろう、心配しているだけでその仔細をちゃんと伝えていないだけのように聞こえる。

互いが互いを心配してがんじがらめになっていて。

これもまたヤマアラシのジレンマなんだろうなと思う。

「東海林さんがうらやましいですね」

「何が」

「お互いを思っているからこそそういう言葉が出てくるんですよ」

僕には出来なかった事です、と口にして。

ようやく近況を報告して、笑って話せるようになった妹との事を思い浮かべる。

それを聞いた彼女が何を思ったのかはわからないけれど、なんだかとても痛ましい表情をしているのだけはよくわかった。

お昼のピークタイムはすっかり過ぎていて、辺りは物音が聞こえるくらいには静かで。

「心配しなくたって、伝わりますよ」

それこそ何に苦労して、何が楽しいと感じるのかなんて人それぞれだ。

究極まで分けていけばモチベーションの源に同じものはひとつとしてない。

だからこそと携帯を取り出して、数回のコールを挟んで。

相手に居場所を伝えて、しばらくの沈黙を挟む。

喧騒がまるでどこかに行ったかのように遠くなっていくけれど、居心地は悪くない。

「お母さんの名前、菜月だから」

「はい」

最初は小声で、唐突にそんな言葉をポツリとこぼした彼女は。

「どっちも東海林でわかりづらいし、私の事はさ」

沙月って呼ぶこと、と言った彼女はどんな顔をしていたか。

笑っているような、泣いているような、はてまた呆れているような。

菜月さんにこっちですと手を振ってすぐに視線をそらした僕には、上手い例えが出てこなかった。

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