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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
83/115

人物(下)

教室であれこれ聞かれて答えるのがまどろっこしくなってしまったため、その場で描き始めて黙ってもらう事にした。

顔の輪郭や特徴をとらえて、あらゆる角度からの東海林さんの顔を把握していく。

3Dポリゴンの作業のようだと思いながらもざっと一時間ほど、ようやく描き終える。

「はい、もういいかな」

「疲れるなぁ」

読書でもして自然体でいいよとは言ったものの、緊張ですっかりくたびれた様子。

「そんな簡単でいいの?」

「ちゃんと描こうと思ったらこんなもんじゃ済みませんよ」

モデルさんって大変だなぁなんて言っていたけれど、実際その通りだ。

一時間以上ピクリとも動くなと言われてはあちこち凝るのも無理はない。

「そのわりに早かったよね」

「お姫様の肖像画は我が家にいくらでもあるので」

志乃さんが親御さんへの近況報告を兼ねて撮った写真が何枚かあることを説明しておく。

女子一同としては期待した答えじゃなかったのが残念だったらしい。

「そういう事じゃないんだけどな」

そんなつぶやきも耳に入ってきたけれど、薄々わかっていても聞こえないふりをしておいた。

よしとひと声、立ち上がる。

「それ、どうするの」

何枚か描いた彼女の表情を収めたスケッチブックとガジェットを持ち合わせて立ち退こうとするものの、話したりないのか呼び止められて。

「見たかったら、今度喫茶店で」

いまだに志乃さんの美的基準が分からないので確信はないが、飾ってくれるのではないかという気がした。

東海林さんとそのクラスメイトに別れを告げて。

また廊下を急いで、今度は特別教室に飛び込んで。

せっせと準備をはじめていく。

いつでもまた描けるようにと置きっぱなしにしていたイーゼルとカンバスがこんな形で役立つのは僥倖だろう。

「お、今日はアナログか」

「たまには」

興味をもった先輩に短く答えて、絵の具をのばしていく。

背景は喫茶店で、描く人は東海林さんとお題がもう決まっている。

どうするのかは事前に決めていたわけでもないが、東海林さんを描くならこうだろうと思ったものをカンバスにぶつけていく。

何人か教室に立ち入ったような気がしたが今はそれどころではない。

構図が終わったら余分な線を削り取り、色を当ててみて、違うと思ったら上から微調整を重ねて。

影とグラデーションを入れて、今度は細部のはみだしや輪郭を整えなおしていく。

最近はデジタルに移行していたので塗り直しに対する意識が少しおろそかになっているとは思ったものの。

頭の中で描いていた線を実際にトレースしていく精度は上がっていて、無駄じゃなかったと内心で胸をなでおろす。

「こんなものかな」

気が付いたらすっかり真っ暗になっていて、志乃さんと東海林さんから電話の通知がいっぱい届いている。

『帰ったら最低限風呂には入れ』

『楽しみにしてる』

『施錠しておくからそこで寝ちまえ』

ついでに先輩からのメモが購買のパンと一緒に残っていたので、ありがたく頂戴してそのまま作業を続ける。

何時間経ったかなんて意識にはなくなっていて、目の前にあるものを完成させることにひたすら心血を注ぐ感じがとても懐かしい。

一番最初にカンバスの前でどうしようかなんて悩んでたあの時が懐かしく感じられて。

思い出したことやこれまで培ったものを、薪をくべるように注いでいく。

「これ以上は無理か」

集中が途切れたことで体がすっかりくたびれたことを思い出したのか、体が鉛のように重たい。

外を見ればすっかり朝で、教科書を自室に取りに戻る体力も時間もない。

マズイぞとは思ったものの、休まなくては無理だと判断して意識をすぽんと手放した。


「起きたね」

手放した意識が戻ってくると、突っ伏していたはずの真っ暗から天井が見えて。

特別教室でいつも寝泊まりする時のゴリゴリした感触の代わりに何か温かくて柔らかいものに頭が乗っていることがわかった。

「あれ」

「おはよう」

東海林さんのとても楽しそうな顔が目の前にあって、膝枕をされているんだと認識した瞬間飛び起きた。

「そんなに寝心地悪かったの?」

「違いますって」

失礼しちゃうなと一変、むくれる東海林さんをなだめる。

「カンバスの前で適当に寝てたはずだったから」

「単純に驚いた、と」

しょうがないなとお許しを得たところで、カンバスに向き直る。

夕暮れに喫茶店の中、微笑む東海林さんをコミカルに描いた絵がそこにあった。

主題は東海林さん本人だけれど、かぐわしいコーヒーの香りをこの絵で思い描いてもらえるといいなとも思う。

「これ?」

「そうですよ」

描かれた本人からはなんだか気恥ずかしいなんて言われたけれど、もう消さないし飾ってもらいますからと当人の意向をすっぱり無視する宣言をして。

出来上がった絵をイーゼルから降ろして、教室の外へ。

「よくひと晩でこんなに描けたよね」

「いつも見てますから」

何がいけなかったのか、東海林さんにぽすんぽすんと肩をたたかれてしまう。

「もうちょっと言葉は選んで」

「今の何がいけなかったのかわからないんですけども」

「そういうところ」

結局なんで機嫌を損ねたのかわからないまま、帰り道にずっと肩をぽすんぽすんとたたかれ続けてしまった。


後日、志乃さん手ずから新しい絵が喫茶店に飾られた。

看板娘を描いたその絵は実に評判がよかったのだが、題材を聞かれても僕は由来を知らない。

知らないが、東海林さんと志乃さんによる命名『カフェ・ラッテとアカシア』とつけられた。

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