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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
82/115

人物(上)

暑さも本格的になった八月は猛暑であったためか、店内に避難してきたお客がひとたび落ち着くと腰を上げるまでが長くなる。

「何描いてるの」

「ん」

まだまだ暑いので店内の一角で描いていると、こうして東海林さんがのぞき込んでくることが多くなった。

今描いているのは子供向けの番組によく出ているヒーローのものだったけれど、これはあくまでファンアートということで呼称を避けている。

「いつも思うけれど、人物描くのはうまいよね」

「じゃあ他はまだまだって事かな」

そんなつもりで言ったんじゃないやいと茶化されてしまった。

「なんでだろうね、宗司君の描くキャラクターはいつもイキイキしてる気がするよ」

「かわった表現するんだね」

祈りをささげる聖女も、戦いを終えた少年少女も、銃を構えるロボットもイキイキしているというのはちょっと違う気がする。

「なんていうのかな、そこにいるって実感が出てくるっていうか」

リアリティともちょっと違うんだよなーなんて言われてちょっとうれしかったけど、説明が難しいと言われてはどういう事なのか仔細も尋ねられない。

「ね、試しに私を描いてみてよ」

無邪気にそんなことを言われて、すぐにいいよと返そうとして。

次の瞬間東海林さんの顔がひきつった。

「ごめん、なんでもない」

そう言って仕事に戻っていった東海林さんの向こう側で残念そうにおたまとフライパンを降ろす志乃さんをみて、胸をなでおろす。

せまい喫茶店内であのカンカンと甲高い音は耳に痛いしなにより心臓に悪い。

見渡せばランチを楽しみに来ていたらしき大半の学生客もホッとしていて、無理もないと思ってしまう。

「なんだかなぁ」

いわゆるバストアップの絵には覚えがあったけれど、実在する人物像については最近書いた覚えがない。

アルバムの写真をもとに模写しては消しを繰り返して練習しているだけなので、人様に見せられるほどちゃんとした記録は残っていない事に気が付いた。

これはまたちゃんと練習しておかないと、いざ描くときに困るぞとなる。

なにか一枚イラストでいいから描いてみるかと、予定を書いた付箋を手帳に挟んでおいた。


後日、学校での事になる。

「え、お前人物画もいけるの」

一般教養の授業が終わるといつもは特別教室にすぐに向かうのだけれど、今日だけはクラスメイトにお願いがあって。

すぐには特別教室に行かずに残っていて、クラスメイトに頼めばこの反応である。

「もちろん描けるよ」

「そういう事じゃなくてだな」

描ける描けないという意味かと思ったらそうではないようで。

モゴモゴと言葉を濁して曰く、何やらうわさが流れているらしい。

中学校でのいじめによるトラウマがあるとか。

そのトラウマのひとつに人物画があるとか。

さらに描いてるうちに呪われたように発狂してしまうのだとか。

「いつもお前ってキャラクターイラストを描いてるからさ」

「それは、そうだね」

心当たりは十分にある。

中学時代ならいざ知らず、今は明確な目的をもって実際の筆からペンタブ等に持ち替えて創作活動をしているのだから。

昔はやっていた他の事に着手していない、というのは心当たりとしては十分だ。

「流した本人も悪気はなかったんだろうけどよ」

「悪気があったら今頃もっとタチの悪い噂しか流れてないさ」

そうか、と若干引いてしまったクラスメイトはさておいて。

彼の顔をスケッチさせてもらって、完成したら渡す約束をして教室を出る。

誰がそんな噂を流したかは、このさいどうでもよかった。

考えるに。

中学時代にいじめられていた話はいい加減で浸透している。

となればあえて他の事をしない、というのがやりたくないと捉えられているのは仕方ないとも言える。

けれど、誰かにはっきりと確認ととられた覚えはない。

解決策は実に分かりやすい、僕がやるべきことはひとつだろう。

タイミングもちょうどいいと思い至って、ガジェットを片手に廊下をすたすたと歩く。

隣の教室をすぎ中央のT字通路をぬけて、まだこの時間ならいるであろう教室につく。

扉はあいていたけれど、あえて片手でコンコンと鳴らす。

案の定、彼女はまだクラスに残っていた。

「珍しいじゃない、もしかして若奥様のお迎え?」

「うちのお姫様を奥様呼ばわりとはなかなか肝が据わってますね」

彼女のクラスメイトらしき生徒に茶化されたので、肩をすくめて返しておく。

冷やかしの声がおおよそなので若干背中がむず痒いが、今は我慢だ。

「宗司君もノらないの」

「だったらせめて名字で呼ぶくらいの隙のなさを見せてください」

いつの間にか名前呼びになっていたことはもうツッコまないことにしている。

とはいえ人前で、しかも噂好きな女子の前で名前で呼べば着火剤になるのは目に見えているので、少しばかり辛口に返させてもらった。

「それで、なんの用かな」

よっぽど珍しいのか他の女生徒友達らしき子に水を向けられて。

今日ってバイト入れてたっけと手帳をめくる東海林さんを制止して。

「今日は仕入れ先の人と約束してるから喫茶店は休みですよ」

志乃さんから聞いていた休みの理由を伝えておく。

やっぱりシフトに入ってくれと色をつけて僕らに頼むこともすくなくないが、今日は違う。

「じゃあ、どうして?」

「ただ単に東海林さんを描かせてもらおうかなと思って」

さらっと答えたのがまずかったのか、それとも内容と説明の過不足がまずかったのか。

教室にいた女子数名の黄色い悲鳴と東海林さんが力いっぱいあげた悲鳴を直近で浴びてしまい。

フライパンとおたまでもこんなにうるさくないぞと内心げんなりしてしまった。

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