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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
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幕間9・都築結

中学校にあがってすぐ、やりたいことは何かあるかと聞かれて困ったことがきっかけだった。

部活に一年間は入っていないとうんたらかんたらと言われたけれど、詳しく覚えていない。

『ゆい』と親に呼ばれることに対する反抗心があったのかもしれないが、あえて学校で『むすびん』とあだ名で呼んでもらうようにしていた。

しいて言えば人並みに遊ぶことは好きだったから、学校が終わると家に帰るより先に遊びに出かけるような感じ。

だから部活は努力せず時間を必要としない都合のいい部活動に適当に入って、幽霊部員でいいやと思っていた。

それが入学してからすぐ、最初だけの少しの間の事。

いざ学校が終わってみてもすぐには帰らず、物は試しと入った美術部で最終下校時間や日が暮れるまでだらだら過ごしていたのはなんでだったか。

多分私はバカだから、うまく説明できない。

絵も描かなければ何ら作りもしない私に、その人は何も言わなかった。

一度、なんで怒らないのと聞いたことがある。

「この部屋は自由に使ったらいい」

そんな返事が返ってきた。

絵が描きたくなったら描けばいいし、本を読みたくなったら読めばいい。

好きなように過ごしてもらうのが一番だから、やってみてごらんよと言われた。

言われてふと思ったけれど、私は何が好きなんだろうか。

考えてみたけれどわからなかったので、それもやっぱり聞いてみた。

後にして思えばずいぶんと頭の悪い質問だったけれど、あの人は両親のように叱りつけるでもなく。

望月先輩やほかの二人のように怪訝な顔をするでもなく。

「じゃあ、探してみようか」

そう言っていろんな本を取り出して見せてくれた。

あれもちがう、これもちがうとなりながらも。

うんうんと話を聞いてくれて、どんな事に挑戦してみたいのか向き合ってくれた。

ずっと本を読んでるかと思いきやあっという間に絵を描き上げてしまうこの先輩は、どうして私に付き合って趣味探しなんてしてくれるのか。

「好きなことがわからないって、そんなの勿体ないでしょ」

聞いてみたらすぐにそんな返事がとんできた。

ノータイムでそんな答えが返ってきて思わず声を詰まらせてしまったけれど。

「へんなの」

「自分でもそう思うよ」

先輩がなんだか困った顔でそんな事を言っていたのは、私にとっては印象深い出来事だ。

その場はとにかく考えてもわからないことはやってみてからという事で、結局他の二人に混ざって絵を描くことにして。

ガッコの勉強もそれなりにこなして、もひとつついでにビーズアクセサリの事も勉強して。

あれからもう二年もたつのだ。

もうあと一年もないんだなぁとか、早いうちに作りたいもの全部やっとかなきゃなんて美術室で悩んでいた時のこと。

「今から嘉瀬先輩の所に行くけど三人とも伝言はある?」

唐突にやってきた望月先輩がそんな事を言い出して、びっくりしたものだ。

二人は特にないって言ってたけれど、私にはそっちのほうが疑問だった。

「言いたいことがあるのは望月先輩じゃないんですか」

「せっかく濁そうと思ったのに」

やっぱり別の狙いがあったかと的中して、先輩をからかう。

しょうがないなぁと部屋の隅に置かれていた道具箱を漁った先輩は。

ひとつだけ、銀色に輝くソレを握りしめていた。

「それ、もう使わないんじゃありませんでしたっけ」

「私にとっては必要なものなの」

それは私たちがくるよりさらに二年前の話であったらしく、望月先輩の話も伝聞でしかなかったけれど。

とても有能な生徒が一人、あの部屋を根城にして好きなことをしていたところ。

嘉瀬先輩がやってきて、望月先輩がそこに入って。

美術部という名前の謎の部活が、本当の意味で美術部になるまでのあらましがあって。

年季が入ってもなおピカピカに磨かれたソレは、先輩たちにとってその形以上に重要な意味があるのだという。

「これはね、その最初の先輩が内緒で作ったものなんだけれど」

管理問題的にそれはよくないんじゃないかと思ったら、案の定思った通りの補足がされて。

思わず吹き出してしまう。

「絵を描きたければ描けばいいし、そうじゃなければそれでもかまわないって」

そういう意味を込めて先輩から預かったものだそうで。

だから使うかどうかも、使えるかどうかも関係ないのだと。

だったら本来あるべきところへ行くべきだと望月先輩は言う。

最初にソレの事を聞いた時は意味が分からない、と思ったけれど。

なんとなくニュアンスはわかる、とも思っている自分がいて。

「その形じゃないとだめなんですか」

「じゃあユイちゃん、頼むわね」

望月先輩は何をとははっきり言わなかったけれど。

鍵型のアクセサリって、やっぱり錠前とセットにするのがいいかななんて考えてる自分がいた。


もうそろそろ夏休みも近くなって、進路も決めなくちゃならないとザワつき始めた後日。

望月先輩から聞いたある番号に電話をかけた。

最初は溌溂とした女性の声が聞こえてきて、なんだか後ろで酔っぱらった人の大声が聞こえてきて、最後にようやく聞きたかった声は、二年前と変わらず静かで聞き心地が良くて。

部室にいた頃よりも大人びているのがよくわかる。

あれこれと聞いてもなんだかぼんやりしてるのも、私からの質問にうんうんと返すのも相変わらずだったけれど。

最後に電話を切る前、先輩のいる学校に行きますと宣言した時。

待ってるよと返してくれたその声に少しだけ嬉しそうな色が混ざっていたのを、私は聞き逃さなかった。

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