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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
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理論

新入生も学校での生活に慣れてくる五月、廊下がワイワイと盛り上がるのをみるに授業が終わったのだろう。

余裕が出てくると購買や食堂に走る一年生も増えてくる。

特別教室の中で食堂へ走る足音を聞きながら、カンバスとモニターを見比べてペンタブを置く。

「こんなものかな」

一番最初にカンバスに描いた絵を修正しながら、モニターに移した。

モチーフと構図はそのままだけれど、バランスのとり方を変えたので今度は角度を変えてみてもいいなと思いながら細部のチェックを済ませた。

「そうやって描いてたの」

来客用のネームプレートを下げて隣に座っている妹が不思議そうに聞いてくる。

中学校が臨時休校だとかで遊びに来ていた。

チェックが一通り終わったので、休憩にカバンに忍ばせておいたお菓子を出す。

「こんなやり方は今だけだよ」

「妹さんはほんと、興味津々だね」

「今まで兄さんが何してるかなんて知らなかったもので」

そうだね、とお菓子を渡しながらその絵を見る。

ロボットの絵を描くころにはもう妹とは決定的な溝があったから、知らないのも無理はない。

「しかも描きだしたらすごくはやいし、どうなってるんだろうって」

「うーん」

感覚的なところでやっていて、説明がしづらいので今までの絵を振り返る。

「経験の差って言っちゃうとそれまでだもんな」

先輩がぽつりと言いながら用意してくれたコーヒーを片手に、モニターと絵をみて比べる。

「多分」

本当に多分ですけどと念押しをして。

「これだと思った線を描く練習を足し算じゃなくて、引き算したから」

思えば先輩から完璧じゃなくてもいいと言われたのも。

試したいことを盛り込んだ後も。

喫茶店で覚えた優先順位の整理も。

全部引き算だったように思う。

「色味は足し算だけど、その前の枠組みは引き算なんだと思う」

色は足していって変えたものが多いけれど、枠組みやラフスケッチはその限りではなかった。

出来上がった絵を保存して、道具をしまっていく。

もう一人、パソコンでデータの変換をしていた先輩がうんと伸びをして立ち上がっていた。

「引き算はわかるな、足したものを後から削ってシャープにするほうが無駄が少ない」

「後から書き足すよりもですか?」

「同じ線を描こうとしてやっぱり違うってなること、けっこうあるからね」

目を鍛えて初めて分かることではあるけれど、探り探りで細かく描こうとすると線が短くなる。

だったらば、最初から長く描いてしまうほうが一本の線としては完成している。

「絵に対する前後の関係で消してしまうけれど、書き足す時のバランス取りに残しておくとかな」

さらり、と水彩画の先輩が紙切れに花を書いてくれた。

線と線を重ねるようにして、花の茎より『向こう側にある葉っぱ』を書き足していく。

「こうやって先に描いてしまえば『この向きだと葉っぱの根元がズレている』という事がなくなる」

その点デジタルは楽でいいよなという先輩の言はまさしくその通りで。

後になって消さなくてもいいのはデジタルイラストにおける利点だろう。

「なんていうか、いろいろあるんだね」

「SFやデザインアート、前衛芸術にはあまり関りのない部分だけどな」

「筆が速いから上手いというより、上手いから必然速くなる感じね」

妹がほえーと口をあけている間に荷物をまとめ終える。

「今日はもう帰っちゃうのかい」

「とりあえずの課題は終わらせたので」

先輩の一人から引き留められるけれど、あとはこのロボットの絵をどう変えるかというのが目下の課題だった。

今ここで急いでも改善するところではない。

「じゃあ私も」

ありがとうございましたと頭をさげる妹にならいつつ、特別教室を後にする。

廊下はまだ授業が終わってから帰途についていない生徒であふれかえっている。

「いきなり見学とか言い出すから何事かと思ったよ」

「喫茶店にいると手伝わされるし」

手伝って小遣いでもせびればいいのにとは思ったが、せっかくだから僕の絵を見たくて来たと言われては無碍にもできなかった。

「でもいいの?」

「今日はまだ彼が来てないからね」

後輩君がいつも特別教室にやってきてはあれこれ勝負を申し込んでくるのだけれど、正直僕の中では絡まれると面倒な人になりつつある。

モチベーションの持ち方は人それぞれでいいとは思うものの、彼のそれは一体どんな感情なのか。

彼自身が整理しきれていない様にも思う。

内心発見されずに出られたことに胸をなでおろしつつ学校をでて、喫茶店へ歩く。

「嘉瀬君、今日も喫茶店行っていいかい」

「どうぞ、東海林さんが当番なので僕は私室で絵を描いてますけど」

「宗司、またあとで行くわ」

「呼びつけてくれたらその場で借りてた資料返すよ」

妹が退出する手続きをしている間に、先生や同級生にどんどん声をかけられていく。

中学校に居た頃は考えられないほど、人と関わっている実感があった。

「人気者だね」

隣に並ぶ妹にそんな事を言われてみるけれど、どうだろうか。

「そんな魅力的な人間でもないよ」

先日の商店街でのことを思い出す。

興味のあることや仕事となれば一生懸命なのに、いざ無関係となれば冷たくあしらう自分を自覚した。

両親や妹に対して恥ずかしい人間性になるまいと自戒してはいるものの、人として立派にはなりきれないなと斬って捨てている気がして。

人気者、という言葉には素直に頷くことはできなかった。


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