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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[二年生]
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手段

新しい教室での作業に没頭し始めると気にはならないものの、三年生の先輩が同じ場所にいるというのはちょっと不思議な感覚がする。

全く別の事をやっていてあまり関りはないものの、同じタイミングで休憩をとれば話すこともある。

今は水彩画のコースで勉強している先輩とコーヒーブレイクとしゃれこんでいた。

「嘉瀬君はいつも余裕があるけど、筆が早いからかな」

「これでいいと思ったら他の事に執着しなくなったのはありますね」

没頭しすぎて喫茶店での仕事に遅刻すると給料から差っ引くと志乃さんに脅されてしまっているので、時間の管理にスマホが手放せない状態でもあった。

「なんか悪いね、いつも電源の大多数を独り占めしちゃって」

「そう思ったらコンセントから配線一つ増やしてやれよ」

充電用に電源を借りたいなとは思うものの、謝ってきた先輩は情報学科なのでパソコンが手放せない。

「延長コードを用意するかな」

「それくらい自分で買いますから」

そう言わずに、と足元に雑多に放り込まれた機器の山からズルズルとコードを取り出す。

「長さが合わないから使ってなかったし、遠慮なくどうぞ」

ありがとうございますと返事をして、借りているコンセントにつなぎなおす。

かく言う僕もイラストコースの中でパソコンとペンタブ、ソフトウェアを買い揃えて万全の状態で新学期を迎えている。

次の科目の内容に備えてデジタルイラストに挑戦している最中だ。

「色味が全然違ってくるけど面白いですね」

「確かに、パレットに思った色が出来上がらなくてもどかしい思いはしなくていいかな」

「電源が急に落ちると作業時間が全部パァになるから保存はこまめにね」

はいと返事をしながらも色々書きなおしてみる。

色を取り替えたりするのにスイッチ一つでいいことや、しまったと思ってもすぐに直せるのはちょっと新鮮だ。

「最初の話に戻るけど、本当に筆が早いよ」

「ガジェットにも慣れてるせいか覚えるのもはやいね」

出来上がった簡単なイラストをメールに添付して送る。

送り先は真っ隣にあるパソコンで、隣に座っている先輩からの頼まれモノだった。

手伝って貰っちゃって悪いねとも言われるけれど、慣れないものを扱う練習なので大目に見てもらっているのでお互い様だ。

「いいんですよ、こんなもので満足していただけるなら」

「言ったな」

うりうりと頭を乱雑に撫でまわされる。

「結局は手段ですからね」

「手段」

「はい、手段です」

相互に使える経験がどれくらいあるのかと、それをどうやって別のガジェットで使うかさえわかれば後はむつかしい作業じゃない。

「音楽を聴きたいなと思った時に携帯プレーヤーで聞くこととオーディオコンポで聞くことと、もうひとつ言うならカーステレオで聞くのはまた別の話、みたいな」

「言わんとするところはわかるぞ」

歩きながら聞いたり車の運転をしながら聞くことに軸があるのなら、それらは全部手段だ。

向き不向きがあるかもしれないが、それ自体に良し悪しはない。

「それと一緒で、描きたいものや描くべきものが決まっていた時に、手数が多いほうがいいと思って」

「なるほどね」

「わかるのかよ」

「そりゃまぁ、彼がデジタルに手を出してなければ僕が頼む機会はなかったのがいい証拠じゃない」

イラストも水彩画も、あくまで好きなものを描くための手段に過ぎなかった、という意味でもある。

「クマを倒すのに斧を使う猟師なんかいないでしょ、銃が使えるんだから」

なら、その銃の調達方法はどこにとなればペンタブの出番だった。

「でも、なんでデジタルイラストだったのかは気になるね」

「そうだな、油絵とかでもよかった気はする」

「簡単ですよ、僕が描いたものにはたいてい軸に『キャラクター』がいましたから」

二人ともあぁ、と声を上げて納得した。

『誰か』を描くなら風景画は合わず、また立体アートを作るような手先の器用さとは無縁だった。

宗教画のような荘厳さは窮屈だし、歴史画もちょっと物足りない。

そうやって絞り込んでいった結果、キャラクターを主題に置くデジタルイラストを軸にして描きたいものを描こうかな、と思い至った結果だった。

「喫茶店に飾ってある絵はすごいもんな、一発でそれとわかるものが描かれてるし」

「あれだけのものが描けてると、縛りを受けた描き方が出来なくなるのも当然だね」

苦笑して受け流していると、終業のチャイムが鳴る。

「もうそんな時間か」

「俺も帰る準備しないとな」

二人が離れていくのを見送ってから、僕も特別教室を後にした。


ガジェットに物足りなさを感じたので家電屋で電子機器のコーナーを見て、各店舗の値段を比べてどうしたものかと頭を抱えながら帰ってきていて。

この時、注意力が散漫だった僕が悪いのは間違いない。

「先輩」

喫茶店の正面から入って、カウンター席にいる女の子に声をかけられて。

誰だっけと少し首を傾けて、それはそれは大きなため息をつかれて。

志乃さんも手で顔を覆って天を仰いでいて、東海林さんも遠くでコケていて。

何なんだと疑問符が尽きない中、女の子の口から辛辣な言葉が飛び出してきた。

「たった一年で弟子の顔を忘れるとか、薄情にもほどがあります」

私服と軽いメイクで誰なのか一瞬わからなかったけれど。

遠慮なくこちらを咎めてくるその物言いは、間違いなく望月さんだった。

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