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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[一年生]
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夢見

どういう伝わり方をしたのか、食堂での一件はある種の宣戦布告に近い発言だったのも相まって。

絵画展やコンテストへの応募が増えて結果として活発になったと、先生からお咎めとも奨励ともとれない呼び出しをもらった。

焚きつけるのが全く悪いとも言えないが、あまり過激な発言は控えるようにと念を押されて、職員室を出る。

「や」

「あれ、どうしたの」

「相棒が呼ばれたって聞いたからね」

謹慎だなんだとバイトを休まれても困るとあっさり言う東海林さん。

個人的にはあの程度で、と思わなくもないけれど。

それはきっと、中学での出来事が他人と比べてあまりに悪辣だったが故の麻痺でもあるんだろうなと。

自分の発言を省みて思い直した。

「人の妹をグーパンでシバいておいてそれはないでしょう」

「そういえばそうだったわ」

特にお咎めはなかったけれど、注意はするようにと言われてしまった旨を伝えて互いのクラスに戻る。

ガラリと扉を開けると一斉にこっちを見やるクラスメイトに少したじろいでしまったが。

「宗司、大丈夫だったか」

「処分とかされてないよな」

「バッカお前、処分だったらここに戻されねーよ」

「酷い事言われたみたいだけど気にしないでね」

「嘉瀬君は悪くないよ」

驚いて声も出ないけれど、心地は悪くなかった。

普段の僕の様子を知るクラスメイトからは大変に心配をかけたようで、わらわらと押しかけてくる。

それらを押しとどめて、席に座って。

「ありがとう、何ともないよ」

お咎めもなかったからね、とつけ添えておく。

安堵した何人かが自分の席に戻っていった。

「しっかしみっともない事しやがる」

「三年生の先輩の間でも賛否いずれにせよ噂になってたくらいだし」

そんな話を聞いて、とても悲しくなる。

当たり前の事を当たり前にこなして、それでようやくスタートラインに立つ事を悪く言われたくはなかったけれど。

「僕の言ったことは結局、劇薬だからね」

「劇薬?」

あの資料室で読んでいた本に『人事を尽くして天命を待つ』という言葉があったことを思い出す。

出来ることをすべてやり尽くして、それから天命に任せろという意味だった。

彼らは本当に、自分にできる事をやり尽くしていたのか。

それを疑問だったからこその言葉だった。

「努力と才能は結局、別物のようで同じものかもしれない」

人の悪口を吐き捨てる余裕があるのなら努力をすればいいけど、その方向性を見失っていたとしたら。

それを導くのは教師の役割だろうし、燻りの行き先は自分で解決するほかない。

自分にとって好きなことや大事なものであったのなら、なおさら。

でもそれは果たして他人のせいにしていいものだろうか。

「プロじゃないからお金はもらわないって言ったけれど、その逆もあるよね」

そうでなくては技術というもので食ってはいけない。

シビアな世界で生きていくことを決めた以上は、その線引きは明確にしておかなくてはならない。

それを個人の感情でごちゃごちゃにしてしまうことは、僕にとって許せない事だった。

もっと正確に言うのなら憤りと言うべきか、真剣さが足らないというべきか。

僕には上手い言葉が見つからない。

こういう部分でまだまだ自分が未熟だと思い知らされながらも、伝えられるように尽くす。

「どうせならお金をもらう時に、いい仕事が出来たと胸を張れるようになりたいじゃない」

どの道のプロになるかもわからないし、なれないかもしれない。

でも、願いを叶えた先であんな惨めな思いをすることだけは避けたい。

感情的になることもあるし、理性的にしていてなお間違えることもあるけど。

それで後悔するような絵だけは描きたくないと強く思った。


「なるほどな」

喫茶店での仕事を終えて、一連の話を聞いた志乃さんの感想はそれだけだった。

東海林さんも同席しろと呼び止めたのはよくわからなかったけれども。

「どう思う」

「そういわれましても」

首をひねりながら様子をうかがう。

東海林さんもわからないらしいけれど、どういう意味なんだろうか。

「妙なところで経験深い甥っ子だよ」

「どういう事なのか聞いてもいいですか」

志乃さんは楽しそうなまま、ズバリ切り込んできた。

「恋でもしたか」

「しましたね」

あれを恋と呼んでいいのかどうかはわからない。

わからないが、自分でもあっさりとそんな返事が返せたことに内心驚いていて。

それよりも志乃さんが目を剥くという状況に驚いてもいた。

志乃さんは刹那、考え込んで。

「少しは大人になったって事か」

待ってろと言って出してきたのは、装飾が美しいシャンパンとグラスだった。

ずいぶん豪奢だけれど、ノンアルコールと書いてあるので注がれるのは止めない。

東海林さんにも座れと言って、注いでくれる。

「憂慮が過ぎたようだし、詫びと祝杯だ」

何の事なのかはわからなかったけれど、志乃さんにとってはひとつ区切りがついたのだろう。

酔っぱらっていると大体機嫌よく赤ら顔になっているだけだけれど。

今日は無礼講だと言う志乃さんに続いてグラスを鳴らす。

結局どうしてそんなものを取り出してきたのかわからないままだったけれど。

志乃さんが酔った勢いでそのまま寝てしまうくらい、いい日だったのだろう。

私たちもいい夢が見られるといいねと、夜の帳を過ごしていった。

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