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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[一年生]
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妖精

学祭のゴタゴタが済んでからしばらく。

ようやくいつも通りに戻ってきたと思ったら、もうすっかり冷え込む12月。

学校の休みの日には絵を描くか喫茶店で働くかだが、この頃夕焼けをテーマに描いている一枚があるので日暮れが早いのは困りものだった。

「ボルシチよりシチューかな」

「オマエ、その二種類にどれだけ手間をかけてると思ってる」

どっちも売れて当たり前だと豪語する志乃さんの神経が時々うらやましくなる。

学校のテストも終わっていて、後は年の瀬に近いこの時期になるとクリスマスの用意で商店街が騒がしい。

師走とはよく言ったもので、志乃さんもご多分に漏れず駆けずり回っていた。

「店番頼んだぞ」

「え」

返事をする間もなし、仕方なくそのままドリンクメニューの準備に精を出す。

鶏肉にいいものがあるというツテを辿って養鶏場まで車を出してくると聞いていたものの。

迅速すぎてランチタイムの終業にも待っていられない志乃さんは、今できる限りの仕込みを終わらせてさっさと出て行ってしまった。

お客さんはもう注文を済ませてオーダーストップの時間だし、後はレジと店内の片づけくらいのものだろう。

「しょう」

じとまで言いかけて、そういえば学校の友達と買い物に出ているのだっけと思い出す。

夕方からのディナータイム営業に間に合えばいいのだけれどと作業の手順を組み立てる。

「もし」

呼び止められたほうに向くと、女性が一人店の入り口から声をかけてきていた。

「もうランチタイムの営業は終わりかしら」

「ええ、ドリンクメニューでもよければ」

学祭からコーヒーや紅茶については任されるようになっていたので、ドリンクメニューのみなら受け付けられるようになっていた。

それがわかっていたから志乃さんも飛び出したのだろうけれども。

「ええ、かまわないわ」

飲み物だけでもありがたいことですものというお客さんをカウンター席に案内して。

まばらに帰っていく他のお客さんを見送っていく。

「お決まりですか」

急かさない様に、他のお客さんの見送りを済ませてから僕もカウンターに戻る。

「オリジナルブレンドで」

「かしこまりました」

志乃さんが厳選したものをミルに入れて挽くところからがスタートだ。

「あら、手動なの」

「店主がこれで淹れろと譲らないので」

苦笑しながらそう返すと、ゆっくり用意を続けていく。

他のお客さんもはけてしまったので、どうせならこだわることにした。

いつもなら自動でやってしまうグラインダーを使うところだが、一人分なので手動にした。

「ずいぶん丁寧にやるのね」

「他のお客様もいらっしゃらないので、どうせなら粒を揃えたほうが」

「忙しい時でもそのレベルが出来たらビックリだわ」

「よくご存じで」

「いい仕事は美味しいコーヒーと共にが信条なの」

それはまたいい趣味ですねと返しながら、コンロに真鍮製のポットを用意する。

最初はネルドリップにしようと思っていたけれど、止めにした。

「あら、そんな凝ったことまでするの」

「今日は半ば僕の趣味です、お付き合いいただけますか」

いい趣味だわと返されて、引き続きミルで極細やかにしていく。

「今日はオーナーはいないのかしら」

「ソリで七面鳥を仕入れに出かけました」

「素敵なサンタね、今夜はターキーかしら」

仕事が出来る人は口車が上手いというけれど、志乃さんと違って口数も多く頭の回転も速い人のようだ。

「一羽丸々は大変です」

「男の子なんだから後先考えずにお腹一杯食べればいいのよ」

健啖家であることも、プレゼントを待つ良い子の条件よと言われてしまっては返す言葉もない。

「もう一人、女の子も働いていたはずだけれど」

砂糖の量を聞いて入れ物に落とし込んでいると、そんな事を聞かれた。

この人も東海林さんが目当てだったのだろうか。

美人で目を引くということで何かと噂にもなるので、よくこうして所在を聞かれる。

「本日はお休みです、若い燕でご容赦を」

「君も大概、口が上手ね」

「オーナーに散々どやされたので」

男女関係なく東海林さん目当てにやってくるので、あしらい方にパターンが出来上がるのも無理はなかった。

火にかけてしばらく、小さめのカップに淹れて待つ。

程なくして澄んだコーヒーをお客さんの前へ。

いわゆるトルコ式コーヒー、もしくはターキッシュコーヒーと呼ばれる飲み方だ。

クセもあるが味わい深く香りが広がるので、個人的には好きな淹れ方だった。

「不思議ね」

「気に入っていただければ」

そこからは口数を減らして、少しずつバックヤードから片付けていく。

しばらくすると、飲み終えたカップとソーサーがカウンターの上に乗っていた。

「ごちそうさま、いい時間だったわ」

「お代は僕が持ちましょう」

個人の味に付き合わせてしまったのでと添えて、自分の財布からレジの硬貨を放り込む。

喫茶を褒められたのがうれしいからって、我ながら何をやっているんだか。

「高くつくわね」

「何がですか」

「色々よ」

高くつくというわりに顔をほころばせて、その女性は出て行った。

追って外に出て周りを見渡すも女性の姿はなく、駐車場にも車は見当たらない。

振り返って看板を『closed』に変えておく。

寒さが肌を刺すようで、灰色の空は雪が近いことを知らせてくる。

いい時間だったと言って貰えた事、コーヒーの香りの残滓が鼻孔をくすぐる事。

どれもが胸を温かくしてくれて。

「先輩、実在しましたよ」

片付けが楽になるようなことはなかったけど、不思議と心は軽かった。

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