幕間8・草間啓作
子供のころからゲームやアニメが大好きで、友達もわりといたほうだとは思う。
気に食わないなと思われるソリの合わないグループとは必然的に話もしないし関わらないようにするもので、基本的にはそれほど苦労した覚えはない。
巨大ロボットを操る主人公に名前が似てるとかで、それをネタにイジられることは何度かあった。
それでケンカになったこともあったし、穏便に済んだこともある。
若干のヲタク臭さ以外はどこにでもいるサブカル気質な子供だったとは思う。
好きなことを仕事にできればという思いから、主要な教科の勉強よりも美術の授業を積極的に受けて。
将来アニメかそれに近しいところで仕事をしたいし、それに強いコネがある所に行くのならと。
先のことを考えて入った美術コースで、そいつに出会った。
どこかぼんやりとしているのに話はしっかり聞いていて、口数少なく達観したような不思議な奴。
あまりしゃべらないやつだと思ったら、俺の同類だったのは救いだったと思う。
アニメやゲームに関心があるいわゆるヲタク男子だったけれど、その実態は群を抜いて異質だった。
他のやつに聞くよりかなりひどい環境で先生や先輩、同級生から絵を描く趣味を馬鹿にされ続けてきたそうで。
それでも絵を描くことを続けたくて、そんな環境から脱したくてこの学校に通うことにしたそうだ。
同じような体験をしてきたやつは存外いて、俺も、そいつも、さらに他にも何人か。
好きなものを語る時間やそれを否定されることの辛さを知ってるやつらばかりだったから、集まった理由がネガティブなものではあっても、打ち解けるのは早かった。
だから、その話が来た時には驚いたものだ。
学祭の展示に関して先輩たちのために何かできないかと思ったところ、休憩スペースの話が持ち上がった。
特に絵画やイラストレーションなどの学科の展示は最近追いやられていて、どうにか理由をでっちあげて確保したいという話は前からあったらしいが。
そこで、俺は喫茶店で働きながらも優秀な成績を叩き出しているそいつに喫茶を簡易的に出来ないかお願いしてきてくれと言われて、頭を下げてきた。
来年以降に俺が考えているコース選択のためにもなることなので断る義理もない。
が、そんな事をいきなり行ってお願いするほど仲良くなれたという自信もない。
実際に相談してみたところ、本人よりも乗り気な志乃さんが条件付きで許可を出してくれた。
付け足された条件はあっさりと通り、どうやって折衝したものかと頭を悩ませたのが馬鹿馬鹿しいくらいだった。
学祭の展示当日、噂の東海林さんの喫茶店制服姿がみられるとこぞって入ろうとして追い返されるなんてアクシデントはあったものの、おおむね順調だったと言ってもいい。
午後に入ってもうそろそろ終盤に差し掛かったころに起きた事件以外は。
それは誰かの家族らしき三人組が体育館の展示スペースに入った時の事。
どことなく例のそいつに似ているなと思った夫婦と女の子だったから、覚えている。
休憩スペースに入っていった三人は東海林さんに何事か話しかけ、夫婦とやり取りした後。
東海林さんは後ろで俯き加減にしていた女の子の胸倉を掴んで殴ったのだ。
それも、握り拳で。
まごうことなきグーパンである。
呆然としたまま頬を抑えてしりもちをついた女の子に雷鳴の如き一喝を入れて、女の子を叩き出したのだ。
変わり者が多い美術学校の生徒とはいえ、さすがに問題行動だと先生に咎められてしまった。
責任者というか発案者ということでもれなく俺もお説教部屋行きかと思われたものの。
程なくしてそいつの両親らしき夫婦に呼び止められ、どういう経緯だったのかを説明された。
おおよその話は本人から聞いていたものの、その女の子は妹さんで。
十年近くも絵を描くことを馬鹿にし続けたのに対し結果を出してきた兄に、謝れなかったことを今回解消するべく来ていたらしい。
まさかそんなに根深い話だとは思っていなかったので、ショックが大きくて開いた口がふさがらなかったものだ。
そして東海林さんはそれを全部知っていて、謝るのなら自分の口で言えと叱咤を込めた殴打であったらしい。
教師陣からはさすがにやりすぎだろうと言うことで軽い口頭注意を受けるに済んだものの、東海林さんはといえばケロッとした様子で。
「こんなことで十年来の後悔がひとつ解消できるんだから、安いもんでしょ」
反省しろなんて言われていたのもどこ吹く風でそんな事を口にしていた。
しばらく後の昼休みにその話をしてやったところ。
ほかのみんなは「意外だ」とか「あの東海林さんが」なんて言っていたのに。
そいつの反応はと言えばくつくつ、くつくつと。
少しだけ特徴的な笑い方をしていて。
「だろうね」
まるで予定調和であるかのように、それが本性だよと言わんばかりの感想を述べていて。
「あれで実はお節介なところ、志乃さんに似てるんだ」
さっきまで含み笑いをしていたのに、どこか憑き物が落ちたような笑顔をしていた。
物憂げな表情がイイと女子に密かな人気があることは本人には黙っておこうと、他の男子と団結した瞬間だった。




