予兆
二学期が始まるとさすがに学業との両立で忙しくなるが、それ以上に気になる事がある。
タチの悪いナンパだとかアポなしでやってくるテレビクルーなんかの取材をお断りしながらも、正式な申し込みは志乃さんがメインに捌くようにしていたものの。
このところてんてこまいだった。
「志乃さんは計画通りって言ってたけど何なの」
「考えていたことは二つだ」
週の中日のディナータイムに幾分かの余裕ができるので聞いてみたところ。
こういう個人経営の喫茶店において忙しすぎるのも客が詰めかけすぎるのもマイナスとなるそうだが、定期的に新規開拓を続けていく必要は出てくるという話だった。
「ひとつはお前の絵だな」
「それは去年も言ってましたね」
「宗司くんの絵は目を引くからね」
これはなんとなくわかる。
配置や飾るものをこまめに変えたり、目のいきやすい位置に一番新しいものを置いたりしている。
絵を見られることに多少の気恥ずかしさはあるものの、僕にとっても恩恵のある事なので特に文句はない。
「もうひとつは沙月だな」
「美少女です」
調子に乗るなと頭を叩かれてはいるものの。
ビジュアル、という意味で目を引くのは僕の絵よりも東海林さんだろう。
学内で噂になるくらいなのだから十分に違いない。
「一度宣伝効果を狙って、あとは固定客がつけば十分だ」
これを定期的に繰り返せばいいと志乃さんは言う。
春から夏にかけては学生客が居つくことも増えたので、もう少し違う層のお客を開拓しておきたいとの事。
「ディナータイムの営業は安定しているから、昼間の客だな」
まばらながらも料理を頼んでいく学生客や親子連れがいて。
大賑わいとまではいかないまでも、落ち着いた雰囲気が出ていてちょうどいい混み具合ではあった。
「宗司、それから東海林さんも」
その中にいたクラスメイトに二人そろって呼ばれる。
「いいぞ」
目線で志乃さんにお伺いをたてて、お許しをもらう。
注文でもするのかと思って行ってみるものの違うらしく、なにやら神妙な様子だった。
「ちょっとお願いがあるんだけど、学祭の事でな」
「はあ、学祭で」
来月行われる行事には学祭と名付けてはいるものの、ここにはプロが目を通しにやってくる。
中でもこれはと思ったものを作った生徒に声をかけることも出来るシステムは、ひとえにこの学園のパイプの太さゆえだろう。
「三年生にとっては商談の場でもあるわけだし、俺ら一年は基礎課程で置かせてももらえない」
ようするにそのプロもやってくる場所で、簡易的に喫茶店を開きたいとの事だった。
お世話になった先輩もいるのだから何かしたいという事で白羽の矢が立ったのが志乃さんの喫茶店で、僕と東海林さんにお願いする他あるまいとなった。
「そう言われても」
とはいえ話はそんなに上手くいくわけもない。
志乃さんの料理を少し手伝っているだけで、メニューを任されているわけでもないのだ。
「そう言うな、展示スペースの確保のためでもあるんだ」
聞けば立体作品がどんどん大仰なものを作るおかげで、絵画コースの展示が追いやられているのだという。
来年以後に自分たちもそうして展示する事を考えるなら、ここでひと仕事しておくべきだと説得された。
確かに絵のためとなれば動かないわけにもいかないが。
「コーヒー出すだけでもいいんだよ、ようは落ち着いて作品を見るスペースが作れたらそれでいい」
なおも難色を示す僕に頭を下げるクラスメイトも必死だった。
「宗司、お前最近コーヒーの淹れ方を勉強してるだろ」
「勉強って程のものじゃないですよ」
いつの間にかやってきていた志乃さんが横槍を入れてくる。
中学校を出て以降、あれもこれもと本を買い漁るわけにもいかないので街の図書館を利用している。
絵を描く合間の息抜きにちょうどいいので、こまめに借りては返しを繰り返していた。
その中に確かにおいしいコーヒーの淹れ方についてのハウツー本もあったが。
志乃さんは僕を押しやってクラスメイトの対面に座る。
「コーヒー二種類、紅茶まで、あとコイツの作品も置く」
それでどうだ、と目で物語る。
また当人を差し置いてと恨みがましい視線を送るものの、クラスメイトは一も二もなくその場で教師陣に連絡。
見事提示された条件でいいとのお墨付きをもらって、喫茶店を出張することになってしまった。
「なんで僕まで」
ディナータイムの営業が終わって、店内の掃除をしている間に不満が漏れ出てくる。
「そう言うな、これは絶好のチャンスだぞ」
「それはそうですけれども」
今描いているものもあるし、学校の勉強もある。
その中でさらに喫茶店と、そこに出す絵の事までとなると明らかに時間が足りない。
「本来ならスペースをもらえない一年生でも、結果を持ってる宗司くんならって事でもあるじゃない」
「絵は今までコンテストに出してないのがいくつかあるだろ、それを手直しすれば間に合うんじゃないか」
「なんで知ってるんですかね」
「可愛い甥っ子の事だからな」
東海林さんどころかまだ酔っていない志乃さんにまで逃げ道を潰されてしまう。
無茶ぶりにため息をついていると、今度は家の固定電話が鳴っていて。
出てみれば父からの連絡で。
学祭はいい機会だから様子を見に来ると言われて「心配性め」なんて返したものの。
妹もやってくると聞いてそんな軽口をたたく余裕をいっぺんに失った僕は、無意識に子機を取り落としてしまっていた。




