自覚
進学してよかった事のひとつに、友人関係がある。
ここにおいては勉強はもちろんのことながら、美術芸術についてが優先。
「宗司って特待生なんだよな」
「そうなるね」
絵を描くことが普通で、特別なことでもなんでもないと。
そういう仲間が集まっている場所に来られた事は、少なくとも中学校では得られないものだった。
「ってか住んでる喫茶店に飾ってあるのってこいつのじゃなかったか」
「ありゃすごいわ、特にエルフのやつ」
「いやあのケモ耳のだろ」
昼休みに下らないことで話ができるクラスメイトがいる、というのがこんなに嬉しい事なのだと。
旗から見れば中身のない時間がこんなに楽しいものだと知れたのは、きっとこの時が初めてだろう。
最初こそ話しかけられても何を喋ればいいのか困ったものの、事情を聞いた何人かに男泣きで肩を叩かれて、僕も俺もと気の強い運動部や先生に困らされた話を聞いて。
こうして昼休みにつるんでいるのは、自分だけじゃなかったと胸をなで下ろした仲間だ。
「飾ってあるって言っても全部じゃないよ」
「それはいくらなんでも見ればわかるわ」
ぺしぺしと頭を叩かれるが、痛くはない。
高校生男子の昼飯なんてどれだけボリュームがあってもあっという間で、昼休みの時間はまだ長い。
弁当を食べ終われば他愛のない雑談の時間だった。
「あんだけ上手く描けてりゃ文句もないよな」
「でもあれ中1の時の作品なんだろ?」
「天才かお前」
「好きなことを努力してきただけだよ」
「いやいやそれよりあんな美人と一緒に住んでる事だろ」
学年を問わず喫茶店に入り浸る彼らの目当てとなれば、恐らく志乃さんの事だろう。
怜悧な美貌に肩で風切って長い黒髪をこれでもかと流し自信たっぷりに歩くキャリアウーマンといった様子は確かに人目をひく。
商店街や取引先とのやりとりでもひとたび買い出しに出ると予定より荷物が多い。
忙しく調理をしながらでもお客さんとの雑談に応じる事も多いため、商店街の常連客にも人気だった。
本人は武器程度にしか思っていないらしく、酔っぱらうと「学生時代にこれで苦労することもあったが、今は利用すれば男が自分から傅いてくるから便利なもんだ」なんて言っていた。
「生まれついての女王様だな」
「わかる、天性のもんだわ」
「踏まれたい」
「そこまではないわ」
「いくつなんだろうな、宗司は知らないか?」
「叔母さんって呼ぼうものならヘッドロックで締め落とされるから」
年の事はタブーだと暗にほのめかしておく。
「聞いてみてぇわ」
命知らずめと小突くと、聞くのはお前だよと小突き返される。
「宗司の場合志乃さんだけじゃないだろ」
「そう、東海林さん」
「一緒にバイトしてるの、そんなに噂になってるの」
「そらもう」
聞けば可愛いクラスのマスコットとの噂だそうで。
成績もよく話してみると愛想もよく会話のテンポが小気味いいとの評判。
笑顔も可愛らしいしたまにおっちょこちょいで助けてあげたくなるとの事。
何かと人気で彼女がシフトに入る日に食べに行くという人までいるそうだ。
「あの子とひとつ屋根の下とかおまえさぁ」
「天は運までもってわけじゃなさそうだけどな」
「収支はプラスだろ果報者め」
こめかみをぐりぐりと拳骨で抑えられてしまう。
内心そんなにだろうかと思うのはきっと、二人のだらしない姿をみているからだろう。
とはいえそれを口にすると余計な波乱を呼びそうなので黙って調子を合わせておく。
「そうかなぁ」
「お前、ほんと枯れてるな」
「贅沢なやつめ」
「興味がないわけじゃないよ」
まさかという顔をしながら後ずさりする級友たちに言う。
僕だって付き合うなら女の子がいい。
でも、志乃さんにしろ東海林さんにしろ。
タイプの違う美人ではあってもピンとくるものではなかった。
「じゃあ、なんでだよ」
「なんでだろうね」
くすり、と笑い声一つ。
内心ではそんな事はわかっている、あの人の事だと叫んでいる。
これが自分にとって好意なのか、あるいは理想なのかはわからない。
でもそれを口にするのはなんだか安っぽくなる気がして、友達との間でもこの話題はボカシ続けていた。
「宗司の好みはわからんわ」
「志乃さんではなさそうだけどな」
「高嶺の花ってのもあるんだろうけど、親戚だと無理だろ」
「あーわかる、人気の芸能人好みだなとか思っても似てたりするとな」
そういう目では見づらいよなと賛同してくる人もいる。
「どういう意味だよ」
「兄弟姉妹に異性がいると、そういうのに鈍くなるもんなんだよ」
「そうそう、妹とか風呂入る順番気にするし」
「姉貴より先に入ろうもんならボコられてた」
それからしばらく、日常生活での愚痴に話題がシフトしていったけれど。
僕は東海林さんの評判についてがずっとひっかかっていた。
実際東海林さんがシフトに入った日は売り上げが多いのだろうかと志乃さんに聞いてみたところ。
「知らぬは本人ばかりなりってのはこの事か」
膝を叩いてゲラゲラと大笑いしていた。
酔っぱらったタイミングで聞いたのがよくなかったのかもしれない。




