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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[一年生]
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生活

「いらっしゃいませ!何名様ですか?お煙草は吸われますか?今なら窓際のいい席ありますよ!」

お客さんにぐいぐいと話しかける『東海林沙月』という名前の女の子が来てからというもの。

ちょっと店内が騒がしいくらいに明るい。

元々志乃さんのアパレル業のご縁で制服のデザインを頼んだのもその人らしい。

知人から娘が今度美術関係に強い学校に入るものの、自宅からは遠いが一人暮らしもどうなんだと頭を悩ませていたところだったらしい。

そこで志乃さんからの提案があり、僕がいることも了承済みだと言う。

毎度のことながら蚊帳の外で諦めもついて、やることにいちいち驚かない。

「ああいうのを接客って言うんだ」

「機械的で申し訳ありません」

言わんとすることが知れていたので思わず仏頂面で返してしまったが。

志乃さんは怒るどころか笑いをこらえていて、相変わらずどこにツボがあるのかわからない。

上機嫌でオーダーをとってきた東海林さんの伝票を見て、志乃さんはすぐに調理にとりかかる。

店内を眺めて他のお客さんに水を配り、帰った席を清掃して、入口を見る。

新しいお客さんが入ってこないのを確認して、カウンターの中からバックヤードへ。

「パスタ」

茹でろという事なので、すぐに既定の量を取り出して鍋に放り込む。

茹でている間にぼうっと突っ立っているのも手持無沙汰なので、切る為に用意してあった野菜をカットしながら時折鍋をかき回して茹で上がりを待つ。

鼻歌でも聞こえてきそうな調子で店内を回っている東海林さんはといえば、仕事の内容がすっかり板についていた。

配膳の仕事については手慣れているらしいが、バックヤードで行う調理については壊滅的というオマケがついてきた。

「ゴキゲンですね」

「調理もそのうちやらせる」

二人しかいない会議で味見役についての議論が再発しそうだった。


ディナータイムの営業と後始末が終わると、予習と絵を描く時間に割り当てている。

学校のほうは基礎カリキュラムと一緒にごくごく普通の勉強をしていて、少なからず基礎課程の一年の内は最低限が出来ていないと留年すると言われている。

芸術家を目指そうとすると常識に疎くなるというのはわりと冗談でもないらしい。

黙々と予習を続けて、ひと段落。

勉強道具を片付けて募集要項から描くものを用意する。

推薦が決まった時点で考えていたところだったので、募集先まで考える必要がないのは正直助かった。

次の絵にどういうものを描くかはもう決めてある。

とはいえどもそれで悩みが尽きるわけではない。

「いいお湯でした!」

「あのですね」

ばんと大きな音がして入ってきたのは東海林さんで。

この注意も何回目かわからないが、心臓がバクバク脈打ってひっくり返りそうになる。

「私室なんだからノックをしろとも言いましたけども」

「あ、ごめんなさい」

素直に謝られてはさすがに怒るに怒れないが、志乃さん相手だと気にするだろうと踏んでいる。

ビジネスマナーは日常からとも言っている人だ、仕事以外でなら気にしないが日常的なところから鍛えろとは言うかもしれない。

「次から気を付けてくださいね」

いえそれもですけど、と続けてイーゼルの向こうに視線を移す。

「バスタオル一枚でうろうろするのはどうかと思います」

「えー、下に着てるからいいじゃん」

「そういうのはあくまで下に着るから下着じゃないんですか」

彼女には調理以外での問題があって、ガサツとまではいかないものの。

オンオフの切り替えが激しいのか、仕事が終わるととたんにグダグダになるのが困りどころだった。

そのあたりは志乃さんと少し似ているかもしれないが、それにしたって目のやり場に困る。

思わず見てしまったが、引っ込むところは引っ込んでいて出るところはかなり出ている。

かなり、と思ったのはバスタオル一枚でも盛り上がっているのがわかるからだ。

女性らしい体つき、というのにいい加減で慣れておかなくてはとは思うものの。

ゲームやアニメとは違う、確かにそこに居るというのは実に心臓に悪い。

「弟がいるからつい」

「僕も妹がいますけどね」

そういいながら内心、妹とは何の関わりも持たなかったじゃないかと嘯く自分がいて。

チクリと痛む胸をカンバスに隠れながら抑える。

後輩ちゃんが何くれと理由をつけては構ってきたのである程度の耐性はあるものの、当人が無自覚にすぎて弟君の苦労を思う。

「じゃあ、お風呂空いたからよろしく!」

「適当なタイミングで入りますよ」

「残り湯すすらないでね」

「東海林さんは、何を、言って、いるんですかね」

きゃあ怒ったと声をあげながら部屋を出ていく彼女を咎める気にもなれず。

絵の続きに夢中になると今度は湯船が冷めてしまうので集中を解く。

「本当に何を言ってるんだか」

ため息ひとつ、下書きを終えたカンバスとイーゼルをずらして部屋を出た。

「大変だな」

「あれほど無邪気だとさすがに」

東海林さんとの話し声が聞こえていたのか、ワイングラスを片手に志乃さんが実に楽しそうに廊下にもたれかかっていた。

「そうかな」

お前の場合はわからなくてもいいか、と一人で完結した志乃さんに聞き返すわけにもいかず。

結局、風呂でのぼせ上がってしまったのは僕のせいではないと思いたい。

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