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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
高校生時代[一年生]
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心機

四月に入って入学式も近くなったが、お客さんの足は途絶えないあたり志乃さんの手腕がうかがえる。

春先には葉モノを使ったメニューがよく売れるという話を志乃さんがしていて。

休日に午前からランチタイムの営業を手伝っているとサラダの注文が多くてなるほどと思ったり。

重くて運びづらいと思っていたお皿は、志乃さんが完成品をカウンターに載せた物を見て納得したり。

何度か来ているお客さんに絵について聞かれたり、教えてもらったり。

「ここで働くと得する事が多いだろう」

そう言っていた志乃さんの言葉がよくわかるようになったのは、自室に積まれた教科書だった。

どうやって書いたのか聞かれるとお礼にと一年の共通科目で使う教科書を融通してくれたり。

知らない技法についてを教えてもらう機会もあった。

忙しい時間でもその話を聞く間は志乃さんも怒らない。

「やっぱもう一人雇わないとな」

とも言っていて、根回しをしていたけれど。

いつになったらやってくるのか皆目見当もつかないので、結局二人でディナータイムを回していたある日の夜の事。

「明日昼の営業が終わったら駅まで迎えに行け、制服でな」

相変わらず営業が終わると赤ら顔でご機嫌な志乃さんがそんな事を言ってきた。

誰をとか、なんのためにとか。

そういうのは聞くだけ無駄なので、さっさと二階に上がって明日の準備を済ませる。

制服は用意できているし、教科書ももらったものを含めて用意は終わってる。

後はコンテストに向けた作品くらいのものだけれど。

自分が高校生に上がったことで、参加できる内容が少し変わって。

さてどうしようかと募集要項や条件を見ながら夜を過ごした。


次の日、ランチタイムを乗り越えると掃除も早々に「行け」と店を追い出されてしまう。

確かに制服のままでとは言われたが、あまりに急すぎる。

親戚の家ではあるが親元を離れて暮らすので、と買った携帯が震えて。

書かれていた志乃さんからの買い出しリストにため息をついて、歩き出す。

制服のまま歩いて目立つかなと思ったが、そもそも学校帰りの生徒が山ほどいる春休みの駅前商店街ならそうでもないかと割り切って行動する。

商店街でいつも買い付けている八百屋や画材屋の人に冷やかされて。

どうにか駅に着いたものの、それっぽい人が見当たらない。

道に迷ったらしき外国人が一人だけいたので、バスターミナルまで案内した程度だ。

致し方なしと自販機でお茶を買って待ちぼうける。

「ねえキミ、どこの学校?」

去年の今頃読んでいた本はなんだっけと思い出そうとして、そんな声が聞こえてきて。

ナンパにしても男相手とは新しすぎるとため息をつく。

「僕は男なんですが」

「合ってるよ、わたし女だし」

キミは制服の男の子、と指をさされる。

目当ての人かどうかわからなかったからねという女の子はにへらと笑っていて、どうも人を疑うことを知らなさそうだった。

それでご用件は何ですかと聞いてみれば、ざっくりとした地図を見せられて。

「ここからちょっと歩いた所にある喫茶店があってね」

嫌な予感というのは当たるもので。

喫茶店の名前を聞いてみれば案の定だった。

そこに来いって言われてるんだとあっけらかんと言い放つ。

「制服着た30代のおじさんみたいな奴が立ってたらそれが案内役だーって言われちゃってて」

「案内します、買い出しもしてこいと言われていますが」

ぐっとこらえられたのはたぶん、ここひと月で鍛えなおされた接客スキルのおかげだと思いたい。

後で文句を言わねばと内心で怒りつつ、それでもいいですかと聞いて。

彼女はいいですよとニコニコ笑顔で返してくる。

話のテンポの良さに少し懐かしさを覚えながら、歩き出す。

「でもよかった」

「くたびれたおじさんで、ですか」

「わあ、ちがうちがう」

とうとう我慢しきれなくなった表情筋が仕事を放棄したのだろうか。

慌てて彼女は顔の前で手を振っていて、大げさな人だなと思いながら野菜を買い付ける。

値段と数を伝票で確認して、配送してもらうだけの状態にしてあるあたりは流石だ。

「優しそうな人で、です」

「人は見かけによりませんよ」

この言葉に思ったより驚かせてしまったのは失敗だったと思う。

こういう皮肉った物言いは柊先輩譲りだよなと内心自嘲しながら、喫茶店までたどり着く。

「来たか」

「いきなり呼び出してこっちに住めとか言い出すから何事かと思いましたよ」

入学の準備がおわったばっかりだったのにとほほを膨らませて、親しげだった。

そこで、伝票を志乃さんに渡そうとして固まる。

今この子は何を言ったのだろうか。

「お前の部屋は二階の奥な、手前の部屋は入るなよ」

「え、なんですか霊でもいるんですか」

「お年頃の青少年の部屋だからだ」

「都合よく人の年齢を詐称しないでくださいよ」

意味ありげな視線を志乃さんに投げかけられて、かろうじてそんな声を絞り出す。

「アテがあると言っただろう」

自慢気に女子用の制服を見せてくるがそうではない。

どうだ、と視線で問われる。

「可愛らしいデザインですがそうではなくて」

「アレも明後日から同級生だ、面倒見ろ」

答えた分だけ答えてやると言わんばかりの態度ではさすがに怒る気にもなれない。

曰く、学校も本人も了承済みであるとまで言われては反論の余地もなく。

志乃さんにウエイトレス服を見せられてはしゃぐ彼女に水をさすわけにもいかず。

これからどうなるんだと、内心ため息をつくしかなかった。

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