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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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卒業

「いいのか」

迎えに来た志乃さんが車を校門の正面につけて、紫煙を燻らせる。

校門の近くは卒業証書の入った証書筒を手にした卒業生と、別れを惜しむ在校生でごった返していた。

「全部済ませましたから」

ここで僕がやるべきことは済ませた、と思う。

ここ一か月はあっという間の激動だったように思う。

入学に必要なものは後からでもいいかと、とりあえず荷物をまとめることを最優先にして。

最後のテストから卒業式までの間を部室ですごして。

後輩たちに向けて、先月から描いていた彼らの似顔絵イラストを手渡して。

結局後輩ちゃんたちがぐすぐすと泣いているのを見届けて。

顧問の先生に後輩たちをよろしくお願いしますと頭を下げて。

それを見ていた学年主任から改めて頭を下げられて。

最後には校長先生から、小さな袋をもらった。

「いきましょう」

率先して車に乗って、発進を待つ。

頭をガリガリとかいて、結局志乃さんはため息ひとつ。

「お前がそう言うのなら」

何かやってないことがあるんじゃないかと言いたげな志乃さんの視線を切る。

これでいい、と判断した結果だ。

本当に後悔はないなと聞かれれば嘘になるだろうけれど。

「いきましょう」

もう一度、ゆっくりと口にする。

誰かの視線がこちらに刺さっていたかもしれない。

振り返らないと決めたから、目の前だけを。

今日から母校と呼ぶことになる校舎は、もう見ない。

「楽しかったか」

無表情なまま乗り込む僕が気にかかったんだろうか。

志乃さんは運転しながらもそんな言葉をかけてくる。

窓から見慣れた街並みを見て、考える。

「辛い思い出が多すぎました」

楽しいと言うにはもう少しだけ、足りなかったかもしれない。

「だろうよ」

志乃さんは笑っていた。

窓を開けて、煙草の煙を流していく。

「もっと楽しめたとか、もっと面白くできたとか、人生はそんなのばっかりだ」

酔っぱらってもいないはずの志乃さんは珍しく饒舌で。

自慢のスポーツカーがいつもより車体を重くしていたのは、流れゆく街並みを惜しんだからだと思う。

「上手くやれるといいな」

中学校での様子はきっと、両親には真実が伝わっている。

志乃さんにも母から伝わっていただろう。

それを失敗したとも、間違っているとも言わなかった。

言葉少なに、高校生活のことを考えてくれていた。

カサリと音がしたほうを見やる。

校長先生からもらった袋の中身を開けてみると、厄除けで有名なお守りだった。

強くなっても、不運が訪れないことに越したことはない。

校長先生からそう言われた気がして、自分の街を見納めるのをやめて。

お守りを手の中で握りしめた。


喫茶店につくとすぐ二階にあがって、段ボールの中身を確かめていく。

出来るだけ実家の自室と似た家具の配置にしてもらって、もう後は日用品をザクザクと放り込んでいくだけだ。

衣服を畳んだりハンガーにかけたり。

自費で買ったイーゼルやカンバスを立て掛けたり。

部屋の中を少しずつ整理して、膨大な量のノートで手を止めた。

いわゆる掃除の最中に読みたくなったとかではない。

段ボールに丁寧に詰めて、どっしりとした重さのそれを。

ベッドの下へと滑り込ませる。

いらないわけではないけれど、必要とする時が来るまで不用意に頼らない事にした。

絵を持って一階に降りて、志乃さんの指示で絵を店内に飾る。

まさかこれらを再びここに掛ける日が来るなんてとは思わないでもなかった。

「志乃さん、この後時間を頂けますか」

「なんだ、まだ使ってなかったのか」

「いい使い道が出来たので」

封筒の中身はこれまでためてきたお小遣いと、ここで働いた時にもらった給金だった。

「聞こうじゃないか」

「絵筆や画材道具を」

「明日、車出してやる」

それだけ言うと、無言で制服を突き出された。

「働かざる者なんとやらだ」

生活費もついでに稼げ、と言われては返す言葉もない。

ランチタイムはすでに過ぎていて、ディナータイムの仕込がいくつかあるらしい。

「家庭料理のいくつかくらいしか出来ませんよ」

「それでいい、ツブシがきく程度に出来れば上々だ」

美術学校に通う間の三年間、ミッチリこき使われるのは決定らしい。

あきらめて袖を通し、キッチンに立つ。

夕方までになんとか仕込みを終えて、ホールの準備も済ませた。

「もうあと一人雇うか」

「間に合いませんか」

「仏頂面の野郎一人じゃ華がない」

すいませんねとため息交じりに返す。

確かに夏に働きに来ている間、美人オーナーと呼ばれることも多かった。

従業員としてパートに来ている近所の奥様もいるにはいるらしいが、ディナータイムにまで呼びつけるのはどうかと思っていると愚痴もこぼしていた。

人手が足らないと言うよりは適材適所が足らないようだった。

「ツテがないなら作ればいい」

任せた、と言いながらも自力で求人のチラシを入口に貼るあたり抜け目はない。

そんな友達甲斐があったら難儀してませんよと返して、思いっきり笑われた。

「志乃姉さんご機嫌だね」

「まーな」

ひっくひっくと笑いをこらえきれない志乃さんに少しむすっとしながらも、オーダー用の紙を手にテーブルに行く。

来年から先輩になるであろう学生服の人たちに頭を下げながらオーダーをとって、志乃さんのもとへ。

思い出しながらの作業になるが、遅れは許されない。

仕事は仕事でキッチリこなして、後でゆっくり絵を描くんだと。

半年前の記憶を頼りにせかせかと歩き始めた。

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