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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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予感

年の瀬が迫る中ともなるとみんな忙しそうにしていて、部活中の声も比較的静かになる。

後輩君は「英語がやばい」と言いながら教科書とノートを開いているし。

後輩ちゃんは気の向くままで来ない日もあって。

後輩さんは先日の合作の件で話し合いを一通り終えて、構成の段階だった。

望月さんも個人の作品に余念がない。

僕も卒業までになにかひとつ書き残していきたいなとは思っていて。

最後のコンテスト作品を仕上げていた。

卒業制作に何か皆でとも思ったけれど、一年生が何か合同でやっているみたいだしと遠慮した。

「先輩はどうするんですか」

「どうするって」

「卒業までですよ」

「どうしようかな」

口では悩むようなそぶりをしながら、結局アタマでは決めていて。

今作りかけているのは二枚の絵で。

小さいスケッチブックに四枚のイラストを作りかけている状態だった。

いわゆる掛け持ちというヤツだけれど、イラストのほうはもうしばらく時間がある。

急がなくてもいいかと判断して、ゆっくり仕上げるつもりだ。

「どうするのか決めておいてください、見送る方だって準備があるんですから」

何を準備するんだろうと思いかけて、考えるのをやめた。

野暮なことはするものじゃない。

「コンテストに応募をひとつだけ」

迷った末に、望月さんにはそれだけを伝えることにした。


年末の間に何を描くか、考えて考えて。

気が付いたらもう大晦日で。

父と一緒に家を出て、除夜の鐘が鳴る中を歩いて、神社へ。

「前に話していた事だけどな」

「うん」

父と母にはどうするか決めたことを話していて。

進学先で必要なものについても相談済みだった。

「先方はいいってさ」

あの人のことだ、それどころかきっと織り込み済みで。

僕が説得に失敗すれば自分で乗り出すに違いない。

上手に丸め込まれて困るであろう父の様子を予想してひっそり笑っていると。

「でもいいのか」

「なにが」

「あの子との事だ」

妹との事だと、直感した。

あの日、関係がこじれて。

それからずっとロクに話もしていなくて。

あの子がどんな生活をしているのか知りえない。

「いいんだよ」

それでいいんだろうと思う。

サッカー部とのいざこざが結局「気に食わないから」だったように。

妹にもきっと、はっきりとした根拠はない。

ただ兄貴の僕のせいで迷惑をこうむったという事実があるだけで。

「向こうだって、僕の顔なんか見たくもないんだから」

きっと、そうだと思う。

話をするチャンスはいくらでもあった。

僕自身も声をかけるべきか迷って、無視されるのを承知で声をかけて。

何度も何度も拒絶を態度で示されて。

思えば僕自身も疲れていたのかもしれない。

「そうかな」

「そうなんです」

「父さんは思わないけどな」

どうしてと聞くことは簡単だったけれど、すぐに答えを聞く気にもなれなくて。

年が変わって、日付が変わるまでの間を無言で過ごす。

列が動き始めて。

「なんだかんだ言ってお前たちの父親だ」

参道をゆっくり歩いて。

「二人のいいところとわるいところを、ようく知ってる」

階段を少しずつ上がって。

「宗司の悪いところはな」

賽銭箱にたどり着く。

「人の顔色を見すぎることだ」

お賽銭を済ませて、賽銭箱を離れて。

町内会が配っているみかんを頬張りながら、父は続けた。

「顔色を窺うんじゃない、見すぎるんだよ」

甘酒もあおりながら「長男気質ってのもあるかもしれないが」ともぼやく父は、どこか寂しそうだった。

「コンテストの賞状をくしゃくしゃにして持って帰ってくるたびに思ったんだよ」

「何を」

「色んな事を我慢しすぎて、満足してないんじゃないかって」

ついに思い切って尋ねてみたものの、二の句が告げられなかった。

心当たりもなく、自覚もない言葉をなげられたがゆえに。

妹のためにと我慢してきたことはいくつかあったけれど。

それらはずっと、誰にも迷惑のかからないところで描いてきた絵が慰みになった。

それが、満足していなかったとはどういう意味なのか。

「今だってそうさ、父親である俺の顔を見て答えようとしてる」

視線を向けてなくたってわかるさという。

「あの子だってそうさ、悪いところはある」

「それは」

わからなかった。

あの子の何が悪くないのか。

ずっと近くにいながら、関係を断って生活してきた。

あの子ならこういう時どう答えただろうかと、考えることすらできなくて。

愕然としたまま立ち尽くした。

「わからないだろ」

またも言葉を失う僕の肩を叩く。

「今感じているお前の気持ちが、あの子の悪いところで」

同時にお前の悪いところでもある、と父は続けた。

今はきっと、わからなくてもいいとも言っていた。

いずれはわからなくてはいけない事だとも聞こえていて、冷静ではいられない自分がどこかに息づいていて。

どんなものだって絵にするために姿かたちを捉えるクセをつけていたはずなのに。

この時は妹の姿が、まるで水の中にいるみたいにぼやけて見えなかった。

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