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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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挑戦

「あった」

すっかり寒くなってきて、自室の棚を漁ってようやく出てきたマフラーをぐるぐるぐるぐると。

いまさらながらに長いよこれはと思いつつ、でもこれがいいと。

首元を温かくして家を出る。

受験シーズンともなれば周囲は極端で、ピリピリしているか悠々自適かの二択だ。

朝からガッツリ勉強している人もいえば、のんびりぬくぬくの状態で始業まで寝ている人も居る。

いよいよ時間がないのだな、と思いながらも。

僕はパンフレットを机に並べて、考えに耽ることにした。


授業を終えるとすぐカバンを手に教室を出て。

部室の鍵をあけて、窓はやめておこうと閉めたまま。

長机の上にパンフレットを置いて、さてどれに応募したものかと思う。

水筒からお茶を汲む頃くらいに望月さんがやってきて。

その後に一年生三人組がやってくるのがいつもの光景と順番だ。

「嘉瀬先輩、次の作品展ですか」

「どれも面白そうだからね」

いくつか手渡してみる。

「どれも大きなコンテストの募集ですね」

「徐々に大きなところにチャレンジしてきたから」

小さめのところからスタートして、徐々に先生に斡旋してもらいながら大きな絵画展やコンテストに応募してくるよう調節してきたのはある。

地域でも大きなものには一通り応募していて、最近は推薦や賞をもらった事で。

むしろお誘いまで来ていてどうしようとは、慌てふためいていた顧問の弁だ。

「皆も応募してみたらいいんじゃないかな」

「いやあ」

「私たちには早いかなって」

そっか、と小さく返す。

「講評や寸評でどうしたらいいかを教えてくれるコンテストもあるんだけどね」

無理強いはしないよ、とつけ添えておく。

「そんな所もあるんですか」

「基礎的なことまではカバーしてくれないけどね」

僕が喫茶店に強制就労(?)に行っている間、これまた慣習となった山や海への遠征をしてきたとの事。

海水浴の傍ら、望月さんを筆頭に猛特訓を積んだ事も話してもらっていて。

努力したのなら、それを披露する機会があってもいいかもしれないとは思う。

もちろん僕のようにそれを良しとしない人もいるからやんわりと聞いてみたが、一年生の二人にはお気に召さなかったようで。

「私は応募してみたいと思います」

後輩くんと後輩ちゃんが引くなか、それまで黙っていた後輩さんだけが名乗り出た。

「応募要項は大丈夫そうかな」

「嘉瀬先輩」

どういう作品を作るのと言いかけて、止まる。

「完成してから、見てもらってもいいですか」

この子はいつも真顔で難しそうな表情をしていたけれど。

今日だけは、わかる。

表情をきゅっと引き締めて、怒るでもなく、ただ真摯に僕に願い出ているのだと。

普段よりさらに難しそうな顔ともとれるななんて、そんな失礼なことを考えながら。

「いいよ」

その代わり、と告げる。

「三人で考えること、望月さんにも助言を求めること」

どうせならアッと驚かせてほしい。

そんな願いをこめて、条件を出す。

後輩さんは習ったことに忠実で、はみ出さない丁寧さがある。

後輩くんはオリジナルな絵柄にこだわるアイデアが面白い。

後輩ちゃんは不真面目だけど、色使いのセンスが三人の中でも抜きん出て上手い。

三人でまとまれば、きっといい絵になると思ったがゆえの提案だった。

「私一人では力不足と言うことでしょうか」

後輩さんの顔が、少しだけ緩んだ。

きっと哀しい顔をしているだろうとは思うけれど、僕はそれを見ない。

「そんなことないよ」

ただね、と続けて部室をぐるりと見渡す。

じゃれる一年生ふたりの向こう。

部室の端に、夜の紺色で塗りつぶされた絵が四枚。

それを持ってきて、見えるように配置する。

「これは」

「大きいけど、僕一人で書いたんじゃないんだよ」

柊先輩や望月さん、祖父の知り合いにも参加してもらったんだっけと思い出す。

蝶の形に切り取られたビルの明かりと、この街を描いた大きな一枚の絵だ。

「一人で挑んでもいいけど、三人でやってみてもっといいものが作れたら」

すごいことじゃないかな、と言外に問う。

「自分だけでは不安だと思ったら周りの誰かを頼ってもいいんだ」

きっと一人では不安なんだろうな、と思う。

だからこそそんな言葉が出て。

そんな願いを出したのだろうとも考えた。

「仲間と一緒にやって見てほしいんだ」

きっとあの二人は、後輩さんの味方になってくれると思う。

やいのやいのと言いながら、あの三人はこの美術部のようでそうでもない部活に残ってくれた。

望月さんだってそうだ、投げ出すだけならいつでも出来た。

一人でただただ好きなようにやっていただけの、一人ぼっちだった僕とは違う。

この三人には教えられる人がいて、相談できる友達がいる。

「それに僕にまいったを言わせたいなら、派手にやってくれなくちゃ」

そうして、意識して口角を上げる。

彼女がどういうつもりでやり遂げたいと思ったのかはわからないけれど。

僕に関わるなと言ったなら、それはきっと彼女にとっての挑戦だ。

だったら、それを受け取った僕も彼女たちに挑戦状を出したいと思う。

先輩が不安だったように、僕も不安で。

少しでも解消できたならなんて打算もあったけれど。

後輩さんがうんとひとつ、頷いて。

後輩くんと後輩ちゃんの三人で作戦会議だなんて部室の隅に寄っていくのを見て。

望月さんと見合わせて笑いながら、きっと大丈夫だと根拠もなく信じられた。

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