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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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宝箱

3年生になって都合の良くなったことのひとつとして、部室がとても近くなったことがある。

階段の上り下りをしなくてよくなった事も大きいのだが、てくてくと歩いて教室棟から移動するだけでいい。

特別教室棟まで歩いて、部室の鍵をあけ、外の様子次第で窓を開けるか閉めるか。

あるいは雑巾で綺麗にするか。

これが部室に入ってすぐにやる僕の仕事であった。

「はい」

今度こそ、と鍵を渡すと。

望月さんには怪訝な顔をされた。

「先輩、これ私が持ってなくてもいいってお話だったじゃありませんか」

「でも僕もう引退の時期だしなぁ」

受験を控えて部活を引退する。

そんな当たり前の事なのに、まだ渋々といった様子で困っていて。

相変わらずだなぁと苦笑がもれる。

「というかそれなら二学期の時点で受験に備えてもうこの部室にきていないのが普通じゃありませんか」

「あ」

「ぬかりましたね」

後輩くんにきししと笑われて。

後輩さんも頬をぷくっと膨らませているが、耳まで真っ赤になっているので笑いを堪えているのは一目瞭然だった。

「てか望月センパイ、今更じゃないですか?」

後輩ちゃんも僕の間抜けを笑っていたけれど、正論をさらっと言われて怒るに怒れない様子。

ぐぬぬと唸る望月さんの手をとって、強引に渡してしまう。

「僕の進学については置いといて」

「大問題ですよ」

「いいんだよ、それよりこの鍵を預ける事の意味は多分聞いてるよね」

柊先輩からこの鍵を受け継いで、今度は僕がそれを渡していく番になる。

望月さんはきっと、柊先輩から預かった手紙にこの鍵の事も書いていたはずだ。

僕に預けたことだけじゃなく、きっとその『意味』も含めて。

「わかっています、聞き及んでいます」

それでも、と。

だからこそ、と。

「この鍵は先輩が託されたものではありませんか」

彼女はようやく、自分の中で譲れないと思ったことを口にしてくれた。

それが僕にはとても嬉しいことで、目の奥がじんと熱くなる。

「そうだね」

託されたのなら、それを手渡す番が必ずやって来るって事だ。

本当はこの鍵は存在してはいけない、学校に知られてはいけない部分。

見つかったら大問題だけど、顧問の先生は絶対なくさないでねと黙認してくれていた。

「柊先輩からこの意味を聞いているのならなおさらだよ」

追い詰めるつもりはないのだけれど、望月さんに持っていて欲しいと思ったから渡す。

「この部屋の意義をきっと、間違えないから」

信頼して託す。

遅かれ早かれ、それは僕がここから去るまでに必要な出来事だ。

「その、時折話に出てくる柊先輩ってどんな人だったんですか」

後輩さんが筆を止めて質問してくるのが珍しかったのもあるけれど。

僕も望月さんも、顔を見合わせてしまった。

「説明しづらいね」

「説明しづらいです」

それぞれ肩を竦めて、そう結論付けてしまう。

「そんなに変わった人だったんですか」

「一部からは口に出すのも嫌がられるくらいには変わってたみたいだね」

敵が多く、かといって味方を作るわけでもない彼女のありようは今思えばずいぶん特殊だった。

味方を作らず、孤独でありながら敵を刺激しないようこの部屋を城砦として。

来る者に自らのあり様を押し付けるでも諭すでもなく、ただただ見せる。

そういう人だったからこそ、僕も過干渉をしない確信を持ってこの部屋に住み着いていたのはある。

「何から説明したものかな」

二年も一緒に過ごして、存外あの人は自分の事を語らなかった。

流れていた荒唐無稽な噂は一体どこまでが本当だったのか。

「あんまりいい噂は聞かなかったけど、実態がそんな人じゃなかったことは確かだよ」

「なんか聞いた事あるかも」

後輩ちゃん曰く『図書室の女王』とか『資料室の座敷童』とか。

その中には僕が以前聞いた『鋼鉄の処女』というものも含まれていた。

「さすがに尾ひれがついてるね」

「と、いうことは話の中核の幾分かは」

そうだね、と言うわけにもいかず望月さんと顔を見合わせた。

美術部へようこそなんて言いながら、絵を書くでも作品を作るでもなく、ただただこの場所で読書して。

この部屋をまるで箱庭のようにしていた先輩。

あの日、預かった手紙は今でも鞄の中のクリアファイルに挟んで大事に取って置いてある。

あれはきっと誰の目にも触れてはいけない鍵箱で。

僕の二年間の秘密を柊先輩と共有する宝物で。

そして何より、教わった事を引き継ぐお守りでもあった。

「ここは最初、美術部と言いながら美術部じゃなかったからね」

手紙の内容を思い返して、口にして見て改めて確信する。

名前は娯楽部でも読書部でもなんでもよかったんじゃないかなと思う。

望月さんも否定できないとため息をついていたけれど。

そんな仕草にもしょうがないなというニュアンスと、親しみが込められていた。

「やりたい事を本当の意味で探す人だけが許された、桃源郷みたいなものかな」

「絶海の孤島とも言いますよ」

またそんなことを言う、と小突くけれど。

望月さんも、僕も、一年生達も笑っていた。

柊先輩は怒らないかもしれないけど、騒がしくて呆れていたかもしれないなんて考えながら。

どうかこのちいさな箱庭が、誰かを救う場所であって欲しいと。

先のことなどわからなくても、これだけは真実であって欲しいと思った。

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