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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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気性

雨がざあざあと降る中、テストの結果でぐぬぬと唸る後輩たちを尻目に思いついたものをさらっと描いてみていた時のこと。

「なんですか、それは」

「目についちゃうかな」

「禍々しいもので」

黒い甲冑に赤と紫の線を入れて。

虫のような羽とシルエットをしたメカ、というより生き物を描く。

「それってあの有名なロボットアニメの」

後輩くんは気がついたみたいだ。

「知ってるのかい」

「ええ、ゲームにも出てますし」

「お前こういうのも描けるのな」

後輩くんがいいなぁかっこいいなぁなんて言ってくれるなか。

後ろから唐突に声がしたので振り向いてみれば、よく知る親戚が長身のモデルのような体型をひけらかすように立っていて。胸元には来客用のパスケースがしっかり下げられていた。

「志乃さん」

「ツラ貸しな」

怯えるか見とれるかで忙しい後輩達をさしおいて、廊下に出た。

志乃さんは手元がさびしいらしく、かといって校内は禁煙なのでタバコの箱を取り出して弄んでいた。

「どうぞ」

「気が利くようになったな」

美貌というには十分らしく、キャリアウーマンという言葉がふさわしい雰囲気で。

かと思えば中身が男のそれに近い叔母がわざわざ僕のところまで尋ねてくると言うのは珍しい。

「で、尋ねて来たワケなんだけどな」

渡した飴を口の中でコロコロと転がしながら言うには。

妹の様子を見に来ることと、僕の様子を見に来ることだったらしい。

ついでに知り合いの業者にも会っていくのだという。

「妹とお前の仲があんまり良くないのは知ってるし、その原因は誰が悪いんでもないのも承知の上だ」

アネキの心配もわからんでもないとぼやき、飴をガリリと噛み砕いて僕に問う。

「それで」

お前はどうしたいのか、と暗に尋ねてくる声色は真剣で。

まっすぐこっちを見てきていた。

「嫌われているものは仕方がありませんが、絵を描くことは止めません」

あの子に思うところがあってのことでしょうしと返すと、ふうんと頷いて部室の中へ。

そのまま誰も座らないパイプ椅子を組み立てて、足を組んで部室の様子を無言で眺め始めた。

「あの人誰ですか」

「親戚だよ」

叔母、と言うと怒るのは間違いないので簡潔に紹介しておく。

出てけと言ったところでこの人は反対意見をうまく丸め込んでしまうだろう。

そう思って描きかけだったものの続きを進める。

ノートを開いて、どのように計画したかを時折思い出しながら修正して。

時折順番を入れ替えてはノートで塗りなおして見て。

試行錯誤の連続で組み上げていく。

どう出来上がるのか、わかっていてもその通りに発色するとは限らない。

「嘉瀬先輩」

後輩さんが尋ねてくる。

絵を見て欲しいと言われるのはこれで何回目かになるが、未だに慣れそうもない。

「ハッキリとはわからないよ」

「それで構いません」

絵の角度を変えてみたりとか、発色の位置、グラデーション等の理論的な部分は少しずつ伝えられるように勉強している。

それでもなかなか上手くいかないのはどうしてか。

上手く伝えられないのもそうだけれど、僕自身には心当たりがなかった。

「なんとなくだけど、色味が薄い気がする」

「色味ですか」

「どこを、と聞かれたらきっと望月さんのほうが的確に答えられると思うよ」

情けないことだけどね、と返してカンバスの前に戻るけれど。

志乃さんの視線がどうも刺さってしょうがない。

「志乃さんは妹のところには行ったんですか」

「なんだ、集中できないのか」

仕方のないやつめ、と言いながらも怒る様子もなく。

ただただうっすらと笑う志乃さんが、どこか柊先輩に似た笑い方だなとふと思って。

才気に溢れる人というのはどこかしら似通うものだろうかと考えている間に返事があった。

「そうだな、お前が心配するような事はなかった」

こういう時に言い切ってみせる志乃さんはやっぱり男らしい。

デキる人物は違うものだと思いながら。

ああこれが隣の芝生は青くみえるというヤツかなと、後輩くんに言われたことと合わせて思い返す。

「あくまでお前が心配するような事はだがな、それよりお前だ」

「僕が何か」

「妹の事を気にするわりに自分の事は見えていないじゃないか」

安堵と期待もろともバッサリと切り捨てられてしまった。

前言を撤回するべきだろうか。

「自分に足りないものや片寄りを自覚したまではいいが、解決に乗り気じゃない」

そうだろ、と望月さんに語りかける志乃さんはどこか役者じみていたが。

頷き返されるとそらみたことかと続けざまに言う。

「あんなに意欲的だった絵がちょっとずつ変わっているのもありますけどね」

結果として良いか悪いかまでは私には判別がつきません、とも望月さんは言っていて。

それを、どこか遠くで聞いている自分がいた。


思ったよりも言い捨てられてしまったのがショックだったのか、そこからしばらくのやり取りは覚えがなく。

換気にと開けられた窓から入ってきた雨音しか記憶にない。

ただ、やけにハッキリと志乃さんの締めの一言が耳には飛び込んできた。

「オマエ、しばらく私の手伝いな」

後で思い返せば、夏休みが潰れる事が梅雨の間にして決定した瞬間だった。

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