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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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表面

「嘉瀬先輩はあんまり絵を描かないんですね」

桜も散りきって、暖かい陽気の中。

部室に置かれていたホラー小説を読んでいる最中にそう言われた。

「そうだね」

思わず苦笑する。

実際その通りで、指導をするでもなく絵を描くでもなく。

ここにいる間はお茶を片手にずっと本を読んでいる。

「天才は違うってヤツだ」

くぅ、と悔しそうな顔をする彼に訂正すべきかどうか。

望月さんもジト目をしていて、そらみたことかと言わんばかりだった。

サボる言い訳に本を読んでいるとか、描きたくないからなんとなくとかそういうわけでもないのだけれど。

このところ部室においてはほとんど絵を描いていない。

「嘉瀬先輩は見てるものがアタシたちとじゃ違うんでしょ」

お気楽そうにさらりと色鉛筆で絵を描いている子はあっさりしたもので。

その言葉に生真面目に望月さんの助言をもとに絵の方向性を決めていた子がうんうんと頷いていた。

「そりゃあ、そうさ」

と気軽に口にして、望月さんにムッとされるのももうおなじみの光景だ。

それだけを聞けば才あるものの傲慢と思われるのも仕方ない。

でも、実際にその通りでしかない。

「僕達は全員、同じ時間にいるのに違う位置で違うものを見て過ごしてるんだから」

人は思い出を整理して生きていく。

必要なければ忘却し、印象に残ればその気がなくても頭の片隅に残る。

そうしたものが記憶の紐付けとなるのだと。

サイエンス雑誌にはそんな頭の働きについて載っていた事を思い返して。

「言葉も景色も姿かたちでさえも、ある程度の共有は出来てもひとつたりとて同じ物はないよ」

屁理屈のようにも思えるけれど。

感覚的にそうじゃないと伝わればいいかなと判断して、そう口にする。

たとえば。

柊先輩は、この席から何を見ていたんだろうとか。

何を考えていたんだろうとか。

わかるはずもないけれど、それを考えていく時間そのものが必要なんじゃないかと思ったから。

うん、と一声決めて席を立ち。

美術部においてあったノートに上機嫌な後輩ちゃんの鉛筆を借りて。

もうひとり、真面目にうんうんと唸る後輩さんの横で描き込んでいく。

輪郭、位置、色、景色をとらえて。

うんうんと難しい顔をする後輩さんの横顔をカラースケッチして、三人に見せる。

後輩さんが気づいてうわあと止めにかかるけど、そんな頃には一通り描き終えていて。

細部の調整をするだけだった。

「他に描く物があったじゃないですか」

少しだけ気恥ずかしそうにする後輩さんを宥めて、再度視線を移す。

色鉛筆で手早く描いたにしてはよくできた、と思う。

ここ最近『自室で描いていた物に比べれば』というところに落ち着くけれど、それでも十分に出来ている。

「仕方ないよ、描いてみたいと思ったんだもの」

「えー、そんな理由?」

「そんな理由なんです」

そのわりに激似なんですケド、という後輩ちゃんがケラケラ笑って見ていて。

描いてよかったかなと思う。

良かったなと思うけれど、でもと続けて。

「似ているけれど、本人じゃないからね」

「本人じゃない?こんなによく描けてるのにですか」

後輩くんの言葉にピタリと笑うのを止めて、じっとこっちを見ている。

「僕から見てこう映っている、それだけだからね」

だから、あくまで似顔絵だよと。

そっくりさんだよと伝える。

「なんか、わかるかも」

上手く言葉に出来ないけど、と肩を竦めているのを見て。

そのうち時間をかけてもう一度似たような場面に遭遇した時、きっと理解する瞬間がやってくると確信した。

「いつも思いますけど、先輩は言葉が足りませんね」

ため息一つ、望月さんがそう言う。

「割り切ってくれると助かるよ」

そのために補足を欠かさないようにしているんだからと返して、再び机に戻る。

「最初の話に戻るけれど」

机に置いてあったパンフレットや募集要項を退かして、ノートを数冊取り出してくる。

本当にいいか、と心の中の自分が囁いて。

他にも選択肢があるかもしれないぞと弱腰になる内心を叱咤して。

立ち上がれない足に、腿を抓って喝を入れて。

一人ずつ、ここ最近ずっと家で描いていたものを手渡す。

それは次の絵の構図だったり落書きだったり、色塗りの予定を書き込んだラフスケッチで。

後輩たちの反応は様々だったけれど、素直な感想がとんできて。

安堵しそうになる心をグッと押さえ込んで、再び言い放つ。

「僕は天才でもなければ努力家でもない」

ノートを一心不乱に見ていた三人が一様に驚いた顔でこちらを見てきていて。

望月さんは、ノートを握り締めたまま、唇を噛んでいた。

「好きな事をして、その結果がたまたま評価されただけさ」

これもまた才能のある人間による傲慢ともとれるだろう。

でも僕にその自覚はないし、そんなつもりもない。

あくまで好きな事をしていただけだからと口にして、ホラー小説を開きなおした。

それからしばらく。

後輩たち三人と望月さんがあれやこれやと話す声を遠く耳にはさみながら、小説に没頭していく。

「てか先輩、教えるコトないって言ってたのに」

没頭していてもそんな声が聞こえてきて。

「絵についてはね」

この時の僕はきっと、ニヤリと口の端があがっていた事だろう。

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