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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[三年生]
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形骸

三度目の桜をみて、ああこれも来年は見られないのだなと思う中。

あれでもないこれでもないと騒ぎ声が後方から聞こえてくる。

「だからそれはさっき言ったじゃん!影を書き込むならその前に顎の線を決め打ちしなさいって」

「え、でもそれは顔のラインを整えてからだって」

「先に書くと全体のバランスが崩れちゃうじゃん」

「三人とも落ち着きなさい、出来具合を見て順番にヒントを出すから」

これが正解、とは言わない望月さんをみてくすりと笑う。

科学雑誌と桜を見て、少し前の事に記憶を遡った。


「どうしますか」

「どうしようか」

紙束と目の前に座る生徒を見て困った顔で望月さんがこちらに尋ねて来たのは四月も半ば。

部活の勧誘が始まって、少ししてからの事だった。

わくわくとした顔で立っている新入生達は椅子に座りきれなくて。

入り口にギュッと詰めて十人以上もずらりと並んでいた。

「うーん」

僕はといえば、それを見届けるのみにとどめて。

望月さんの新入生向けの冊子に描いた絵がウケたのかなと言ったら、わき腹を小突かれてしまった。

「どうすればいいですか」

「僕が決めてもいいのかい」

「そんな事言って、部長は嘉瀬先輩じゃないですか」

チャリ、と手の中で鍵を弄ぶ。

「そうかな」

僕としては、きっと望月さんに渡してしまってもいいんじゃないかと思っている。

柊先輩がこの鍵を残していったことや、手紙を残していったことを伝えて。

望月さんからは私にも手紙が残っていましたと言われ、続けて「先輩が部長になってください」と告げられてそれっきり。

それ以降部長を明け渡す話をすると心底嫌そうな顔をするので控えていた。

「先輩が決めてください、どうしたらいいのか」

暗にその話は終わっていますとばっさり切り捨てて、どうすべきかを聞いてくる。

緊張した面持ちの新入生が十名ほど、似たような面持ちでじっとこっちを見ていた。

二、三の質問をしながら僕も考える。

返ってくるのは中身のないテンプレートな答えで、平坦な抑揚が意志のなさを物語る。

周りの大人曰く。

また今年も去年使ったフェイクの花の絵を使ったとか、入学した新入生の親御さんからも評判がいいとか。

柊さんのように交渉が上手くないから実働が五人いなければこんどこそ廃部とか。

作品が見られることには抵抗をおぼえなくなってきたものの、僕自身が注目されるのはいまだに慣れるものでもなくて。

困ったなと思いながらも、僕の腹はといえばとうに決まっていた。

「正直な話ね」

新入生たちに向き直る。

「僕から教えることはありません」

どうして、と疑問の声が上がる。

そりゃそうだと苦笑はするものの、表情には出さないよう引き締める。

新入生に見えない位置で、自分の太ももをギュッと抓った。

「感覚的で好きなように描いていて、どうしたらいいかを理路整然と伝えられないから」

ここは美術部と名前がついてはいるけれど。

美術教室ではないとすっぱり切って捨てて、一度入部届けを彼らに返した。

もし、それでもいいのなら。

もし、本当にやりたい事があるのなら。

「キミたちは、ここで何がしたい?」

よく考えてみて、それでもと思ったらもう一度持ってきてと退室を促した。

「突き放しますね」

「ただの定型文だよ」

美術部という名前は所詮僕にとっては飾りで。

もっと言うならこの部屋の名前が娯楽部でも別に構わないとさえ思っている。

この部屋の使い方は、先人に倣うと決めていた。

「僕はきっと、すごく身勝手な事を言ってるんだろうね」

「いいんじゃないですか」

少し自嘲気味にそう口にすると、望月さんから返ってきたのは否定の言葉ではなかった。

「先輩がそうしたいと決めて口にしたのなら」

従います、とは言わないけれど。

提案にのってくれる望月さんがいてくれる。

笑顔を向けてはみるものの、ドアがまだ開くんじゃないかと気になって。

どうしても気がかりなことがあると顔に出てしまっていた。

今年新入生として入ってきたはずの妹の事だ。

妹がここに来ないことはまだいい。

けれど、僕のことで何か言われていないかは心配だった。

「大丈夫ですよ」

「わかるものなの」

「何を心配しているか知りませんけれど」

ダメじゃんと笑いながら、読書に戻って。

たった二人のなか、その日は静かに過ごした。


「よろしくおねがいします」

ペコリと頭を下げてきたのは三人、男の子が一人と女の子が二人。

入部届けを持ってきた三人に、昨日と同じ問い掛けを投げてみる。

「他ならぬ自分自身が絵を描いてみたいと思ったからです」

「かっこいいキャラクター、自分の手で描いてみたいんです」

「手軽で楽しそうだったから」

一人を除いて食い気味に答えてきたけれど、話を聞き終えないうちに入部届けに僕の名前を書いていく。

「いいんですか」

「さっき言ったじゃない」

僕は『彼らに』どうしたいかを聞いた。

それが人から言われたものなら面白おかしく続けられる道理はない。

義務にかられてすることなんて、勉強だけで十分だと思うから。

「三人とも自分の意志でどうしたいかを決めたんでしょう」

だったら、中身がどうあれ断る道理もない。

試すような物言いをしてごめんねと先に謝ってから、また定型文を紡ぐ。

「ようこそ、形ばかりの美術部へ」

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