記念
「嘉瀬宗司君、前へどうぞ」
こうして名前を呼ばれて登壇するのは何回目だろうか。
すごいことなんだろうけれど、個人的には緊張するばかりで。
何回やっても慣れる物じゃない。
壇上で校長から賞状をもらって、思う。
これはすごいことだよと褒められて、君はよく頑張ったと言われても。
僕の心はそこにはなくて。
褒められるような事をしたつもりも、大した努力をした覚えもなく。
やりたい事を通し続けた結果でしかなかった。
全校集会で拍手される事も、賞状をもらったことも、まるで他人事のようで。
どこか実感のわかない話だった。
どこかそわそわした教室の様子を無視して授業を終えて、いつものように部室へいって。
いつもの後ろ半分にいって、カンバスの布を払うと出てくるその絵についてを振り返る。
それは、戦いに明け暮れた少年少女たちが新たな芽吹きを祝う絵。
有名なRPGの一幕をもとに、オリジナルの絵に変えたものだった。
模写だけならただのファンアートだっただろうけれど、それは今の僕に出来る全身全霊を吹き込んだ一枚でもあった。
少なくともこれ以上のものを描こうと思ったら、もう一段上の技術が要る。
閃きだけでも勢いだけでもダメだという確信をもって挑み、仕上げた。
大きなコンテストで成果を上げたその一枚を手で触り、なぞって。
これは確かに僕が描いたものだと自信をもって言える。
どの部分に何が生きてきたのか、手に取るように理解できるのだから。
ボロボロになった剣と盾は破られたロボットの絵から。
芽吹いた緑はエルフの絵から。
零れ落ちる朝日や雫を鮭や玉藻の絵から。
そうやって盛り込んだものをひとつに纏め上げてきた結果で。
朝日を受けて反射する白も、青空も。
剣を担いで笑う少年の顔も。
安堵と喜びをない混ぜにした少女の笑顔も。
僕が今までこの部屋にいたいつかの時に取り入れてきた、精一杯の技術で描いた一枚だった。
受賞したことは当然、とは思わない。
これはきっと特別なことで、大事なことで。
認めてもらえたことがこんなに嬉しい一枚であったことは、僕にとって誰にも譲れないものでもあった。
「おめでとうございます、嘉瀬先輩ですから当然です」
「ありがとう、でも僕よりもっとすごい人はいっぱいいるよ」
「少なくともその他大勢を黙らせる集大成だったということじゃないですか、自信を持ってください」
謙遜するも望月さんには一刀両断に伏されてしまう。
自分の事のように誇らしげだけど、同時に拗ねたようにむくれてもいた。
「というかそれだけ圧倒的なものを描いておいて大したことないだなんて、嫌味ですよ」
賞をもらう事への意識を持とうとしてもなかなか難しい中、ついついそんな言葉が出てしまって。
ごめんよ、と謝っても彼女の機嫌は直りそうにない。
「美影くん、それくらいにしてやろうよ」
「柊先輩がそう仰るなら」
事の成り行きを見守っていた先輩が宥めてようやく矛を収めてくれた。
「ともあれ宗司君がこれだけの成果を出して、安堵してるんだよ」
「安堵、ですか」
「今回の一枚、今までのものより大規模な絵画コンクールだったんだろう?」
確かにいつも応募しているものよりも規模が大きいところへ提出して、賞までももらった。
また二枚の賞状だったので、カバンに丸めてつっこんである。
「それもまた相変わらずだね」
「こだわりはありませんから」
望月さんが納得いかなさそうだけど、僕と先輩は笑っていた。
賞が欲しかったかと聞かれれば、以前よりは意欲がある。
手応えがあったからこそ応募したのだし、これは僕の絵だと自信をもって出した。
でも、あくまで評価は二の次でしかなくて。
最初は自己満足で終わらせていたし、趣味は趣味でしかないと思っていて。
いじめを受けて、ひっそりと暮らしていた環境を享受していたけれど。
理不尽に負けるなと応援してくれたのも、結果を出して周囲に認めさせることを教えてくれたのも。
なにより僕だけのやり方でいいと言ってくれたのも。
全部間違いなく目の前で微笑んでいるこの人で。
「最終下校になったし、今日はもう帰ろうか」
恩返しをしなくちゃならないと思った。
僕に出来る全力で。
僕に言える精一杯で。
もうすぐ卒業してしまうこの人に、心からの気持ちを伝えなくちゃならない。
だから僕なりの方法で、僕だけの贈り物をしなくちゃならない。
「では、お疲れ様でした」
母の絵画教室があるのでと急いで帰っていった望月さんを見送って。
本を閉じ、ゆっくりと荷物をまとめる先輩に声をかけた。
「先輩」
「なんだい」
それはきっと僕のなけなしの勇気で。
搾り出すのにすら時間が必要な決意で。
先輩は、こちらを見たまま優しい目で僕を促してくれていて。
ああそうかと唐突に理解して。
言葉は、出始めればあっけないものだった。
「先輩の絵を描かせてくれませんか、完成したら差し上げます」
いつでもかまいませんのでと慌てて付け足す僕を、この人はどこまでも優しい顔で見てくれていた。
怜悧な顔つきで、寡黙に本を読んでいたこの人が。
「わかった、それじゃあ卒業式の後でもいいかな」
とても優しい目つきで僕を見てくれていた。
「卒業さえしてしまえばしばらくはヒマだろうからね」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
このやりとりもあと何回できるかと思うとさびしいものだね、なんて。
先輩と笑いあった夕暮れは、僕の忘れられない思い出のひとつになった。




