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ヲタクなんてそんなもんだ  作者: PON
中学生時代[二年生]
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幕間4・篠宮劉生

そもそも転校したのは体が弱い弟の入院先を変える為で、ずっと転校していたわけでもなかった。

だから、仲のいいグループに入るのに慣れていたわけじゃない。

話がしやすいな、と思った子と一緒に行動していただけで。

それがまさかあんな事になるだなんて。

これは覚えている限り一番最初の。

俺にとっては一番苦い記憶で、一番辛い後悔だった。


その子は物静かで、ひけらかさない子だった。

控えめに、実直に。

早く帰るのは妹のためだったし、趣味はひっそりと絵を描くことで。

好きな物を自由に、まるで魔法のように写し取る技量に驚かされて。

それをすごいやつだと褒めたら、教室の空気が変わって。

次の日からその子の事を猛烈なまでに叩き初めて。

何を考えているのかわからない、とハブにして。

一変した教室の様子に恐怖した。

その頃の俺は仲のいいグループの立場を失うことが怖くて、言えず。

自分はなんて事をしたんだという後悔だけがそこに残ってしまった。

中学生になってからも、後悔だらけだった。

彼を見習って実直に練習を続けて、好きなサッカーについては顧問の先生からも一目置かれるようになって。

ついにはエースナンバーも付けさせてもらえることにはなったけれど、俺の中にはその時の後悔が淀みとなって残っているばかりだった。

校庭で帰る彼を一度見かけて、サッカー部の部員が誰もいない今ならと思って言葉を投げかけようとして。

彼が冷たい瞳でこちらを見ているのに気づいて、二の句が告げなくなってしまった。

それでもと思って声をかけようとしたのに、まるで全力疾走の後みたいに声は出てこなくて。

まごついている間に彼は離れていってしまった。

彼が出した成果を台無しにした部員が出たと聞いて、慌ててその話し合いが行われている会議室にだって駆け付けた。

大丈夫かと声をかけたかったんだ。

でも今度こそと思ったのに、彼は悲しい目でこっちを一瞥しただけで。

先輩らしき人と一緒にすぐに離れて行ってしまった。

それからしばらくサッカー部への厳重注意で大きな出来事は無かったけれど。

俺はサッカー部で成果を出し続けるのに対し、彼に何一つ謝れていなくて。

後悔ばかりがどんどん心に沈んで行って。

サッカーボールを蹴るのはこんなに上手くなったのに、謝ることは出来もしないのかと自嘲した。

夏祭りのあの日もそうだ。

部員の友達と祭りにきていて、自販機に飲みたい物がなかったから。

出店に買いにいってくると口にして戻ってきてみれば。

殴られて自販機の前にへたりこむ彼がいた。

誰がやったのか、明白だった。

「先輩から怒られるよ」

彼はそれだけ言うと、何事もなかったかのようにその場を離れていった。

そこでようやく、自分の馬鹿さ加減を自覚した。

彼が何も言わなかったのはどうしてか。

彼が何も責めて来なかったのはどうしてか。

きっと、気づいていたんだろう。

俺はずっと上から目線で彼を見ていて、心配しているフリで自分を慰めていたんだと。

もっと強くならなくてはと思った。

サッカーの練習だってそうだけれど、もっとメンタルを強くしなくてはならないと思ったから。

ひたすらに練習を続けた。

負けてたまるかと、部にいた誰よりも強くなると誓った。

その間に彼は積み上げた物を形にしていて、結果を出していて。

分野は違うし競っても比べようもないと理解していたけれど。

必死で練習に食らいついた。

彼がその強さを明確に見せてきたのはその後、サッカー部と美術部でいざこざがあった時だろう。

あの時彼は自分たちも悪いのだと認めながら、提案を出してきた。

憎いと言わんばかりの視線がこちら側から飛ぶ中、彼はひるむどころか毅然とした態度で挑み続けて。

「悪口で上達するとも思えません」

応えるなら今だろうと思って、彼の提案に賛同した。

彼がどう思っていたのかはわからないし、僕も彼にどう思っているかを伝えていない。

ひょっとしたら彼は俺の事を歯牙にもかけていないかもしれない。

けれど、今ならと思ったから。

謝ることもろくに出来なかった心の弱さを挽回するなら今しかないと思ったから。

強く彼に賛同して、その場を収めることが出来た。

彼に、許して欲しいと言わなくちゃならない。

彼に、俺は君の味方だと言えるようになりたい。

だから、冬のあの日。

今まさにトラブルが起きようとしている現場を見逃すわけにはいかなかった。

彼の事を、放っておくわけにはいかなかった。

あの時あえて口にして釘を刺したはずの三人がまたあの先輩と彼に絡んでいて。

彼は一人で強く言い返すと、さっさと行ってしまった。

出るタイミングを見失ったなとか、思ってたより強くなったんだなとか、色々思うところはあったけれど。

「お前らいい加減にしろよ」

なんだアイツとか、今度こそシメてやるとか、そんな物騒な物言いをして彼に悪意を向けようとする三人を、放って置くわけにはいかなかった。


彼がまた大きな賞を受賞したであろう全校集会の中で、僕と例の三人だけが体育教官室に呼ばれていて。

アザや傷で痛む体をおして、自分がやったことの正当性を主張した。

おかげで俺自身は軽い注意で済んで、あの三人に今度こそ顧問からカミナリが落ちる中。

彼の努力を褒めたたえる校長のスピーチを、遠くから聞いていた。

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